冬キャンプの回

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 翌日、電話をすると女性の受付が出てきて、事情を説明すると別の女性に代わった。 「はい、社長の石川です。」 いきなり社長が出て来た。 「葉山からお話は伺っております。花実つくしさんに名刺をお渡ししたと。」  はきはきとした喋り方に、圧倒されながら剛は言った。 「先日のキャンプの動画を拝見いたしました。わが社のクリエイターと是非コラボしていただきたくて。交通費はお支払いいたしますので、お越しいただけないでしょうか。」  社長、というより凄腕の営業みたいで圧倒される。  明日会う約束をしてしまった。とりあえず葉山にも電話をした。大学の講義の時間は分からないので、一度コールしてから切った。  まさか切った瞬間に折り返しが来るとは思わなかった。 「知らない番号かけるなって言われなかった? 」 「叔母さ……社長から電話番号聞いて。」 「おば、社長の親戚? 」  社長直々の営業の理由が分かった。 「インターンやらせてもらってます。花実さん、来てくれますか? 」 「話し聞くだけ。話しだけ。」 「明日俺も行きますから。」 「学校は? さぼるなよ? 」 「午前だけなんで。」 社長を思い出す圧力に、遺伝子のすごさを思い知った。  念のために花実つくしの道具を鞄に入れて行くと、小さな真新しいビルについた。受付でカードキーをもらって応接室のある三階に行くと、にぎやかな声がする。  ガラス張りの部屋の中で、なにかしている男性の姿が見えた。クリエイター名、ジェリービーンズというもっちりとした男性の三人組で、歌、ダンス、料理、アウトドアと見た目のもっちりとした体形からは信じられないキレのある動きをする集団だ。リーダーの大福、歌の上手いワラビ、一番もっちりとしているがダンスの上手い間品で、年末のお餅を作ってみた動画はテレビにも取り上げられた。  全体的におおらかな性格の集団なので、ゆるキャラとしてグッズ化されたりしている。 「花実さん。そこ応接室じゃないですよ。」  葉山の声がしたのでびっくりした。 「すみません、ジェリービーンズさん達好きで。」 年上かつ仕事相手なので、自然と敬語になった。 「人気ですよね。子供がとくに大好きなんですよ。親御さんからも子供が好き嫌いせず食べる様になったってコメントもらってます。」  応接室にはスーツ姿の中年女性がいた。ニコッと笑った顔が優しそうなので、もっと圧のある人を想像していたが、普通の主婦のように見えた。 「社長の石川です。初めまして、草野さん。」 「初めまして、草野です。」 「お越しくださってありがとうございます。」  喋り出すと圧がある。 「社長、これから会議ですよね。」 「残念。葉山君お願いしますね。」  話は葉山に任せて退出した。ほっとした。 「社長、花実つくしさんが好きなんですよ。」 「光栄です。その、女性受けがいいとはあんまり思ってなかったので。」 「SNS見ても花実さん好きな女性多いですよ。ファンアート描いてる人、CAT9って人がいるの知ってます? 」  葉山が画面に花実つくしのファンアートを出した。 「知ってるどころか、この人のファンが俺のことも見てくれて……感謝してるんです。」 「うちのクリエイターのNONAMEMUSIC、NNMのイラストもよく描いてくれるんですよ。」  画面が変わって二人の男女のイラストが出て来た。  同じ人の画だと分かるが、花実つくしのイラストは明るいパステル調なのに対して、白と黒、静かで繊細なイラストだった。 「花実さん、海外でも人気で、ジャパントラップっていうランキングに入っていますよ。」 「なんですかそれ。」 「日本のアニメとかのキャラクターをさしてよく使われます。女の子にしか見えないのに、男だっていうキャラクターです。」  海外の反応集というコメント欄が画面に出る。肉じゃがをつくる花実つくしの画像に、英語でコメントが書かれ、Who? という質問に、He is Tsukushi Hanamiというコメントの後に絶叫コメントが続いている。  なんだか申し訳なくなった。 「花実さんほどのチャンネル登録者数を持っている方なら、他からも声がかかっていると思うんですが、個人で続けるの何かポリシーがあるんですか? 」  葉山に言われて、剛はどうしよかと思った。 「単純に、声をかけていただいた会社と俺の方向性が合わないだろうなって思ったのと、ここから離れてまで企業の配信者になるメリットがなさそうだったので。」  剛は真剣な顔で言った。 「俺が動画で気を付けてるのは、乱暴な言葉遣いをしないことと、車の音が入らないことです。前者は単純に、全年齢の視聴者に向けたものでありたいので。後者は……単純に雑音だからです。」  葉山の眼が光った。 「それなら、ぜひともうちのクリエイターたちとコラボしていただきたく。」 自信満々な顔で葉山はパソコンを開いた。 「今度ジェリービーンズさんと、NNMさん、太公某さんが一緒に野外動画を撮影するんですが、花実さんにもぜひ一緒にキャンプに混ざってもらいたくて。」 画面にジェリービーンズの三人、NNMの二人、太公某が並ぶ。  太公某は釣りをメインに取り扱う動画配信者で、中年の男性で優しい癒される口調と、出先でほぼ九割野良猫と遭遇することから猫好きにも人気がある。ブラックバスのような外来種も釣ってさばいて食べるのが特徴で、駆除対象の魚を有効活用できないか模索していることから環境面にも気づかった動画配信も行う。  こうしてみると、NNMが浮く。芸人の漫才に混ざったビジュアル系バンドのような違和感がある。 「あの、NNMさんって俺音楽しか知らないんですけど、こういうのいいんですか? 」 「NNMのボーカルのリリさんはけっこう飲み会とか好きなんですよ。」  NNMのリリは、人形のような、まつ毛の長い大きな目、真っ赤な唇、ストレートの黒髪が特徴的で、黒いドレスやスーツをよく着ている。  群れるのが嫌い、みたいな表情と、社会に対する鬱憤、若者の声の代弁者、孤独、みたいな歌が多いイメージだったのに意外だ。 「あ、でもジェリービーンズのワラビさんと一緒にけっこう歌ってる? 」  時々ジェリービーンズの裏チャンネルで、タンバリンを叩くワラビと、キーボードを弾くリリが流行の曲をカバーしている。 「はい。音楽性は違いますけど、仲はいいんですよ。」  そんなプライベートな姿があるなんて。 「花実さん、今動画配信とあのアルバイト以外ってなにかお仕事されてますか? スケジュールがもし合わないようなら、料理とか、釣りのところだけでも……。」  ジェリービーンズは言葉遣いが穏やかだし、太公某も穏やかな喋り方だ。NNMは無口だと思う。内容もほのぼのキャンプをコンセプトにしているので、問題はなさそうだ。 「それだけです。ぜひ参加させてください。」 「ありがとうございます。」  そのまま打ち合わせをして、報酬の話をし、また打ち合わせの予定を決めた。 「花実さんになるのってやっぱり大変ですか? 」 「ちょっと時間かかりますね。こまめに化粧もなおします。実は今日、花実つくしのガワも持ってきたんですけど……。」  鞄の中のウィッグを見せると、葉山から笑顔が消えた。 「今、なれます? 花実つくしさん。」 「え……な、なれますけど……。」 「ちょっと待ってもらっていいです?」  葉山がさっと出て行った。そして帰って来た。 「今、間に合えばジェリービーンズさんの動画に参加できます。」 「間に合わせます。」  休憩室の奥を使って剛は頑張った。今までの化粧の積み重ねで身に着けた技術を駆使した。そして花実つくしとなった。上はだぼだぼのパーカーを来て、下だけスキニージーンズに履き替えた。 「お待たせしました。」  飛び出すと、葉山と事情を知っているスタッフと一緒に撮影しているジェリービーンズのところに行く。お好み焼きを作っているジェリービーンズのうち、ワラビが気づいた。目が合った。  次に気づいたのは大福だった。空気の変化に気づかず、間品がお好み焼きをひっくり返した。 「ちょっとリーダー、皿。」  顔を上げた間品と目が合った。 「え、誰? 」  スタッフに確認するようにきょろきょろする。 「初めまして、花実つくしです。突然おじゃましてすみません。」 「知ってるーっ。」  大福が叫んだ。 「え、なんでここに? 」  どよどよと動揺する。 「ちょっとお邪魔しました。ご一緒してよろしいですか? 」 「スタッフっ椅子っ。」 「なんか可愛いクッション置いてっ。」  てきぱきと机を片付けて、席を設けてくれた。  お好み焼きをご馳走になり、撮影後事情を説明した。 「ほんとうにいきなりきてすみませんでした。あの、昨日のヨガボールバレー面白かったです。」 「あ、どうも。」 「つっちゃんの冬山キャンプもとてもよかったです。」 「カレーの肉がこぼれた時の悲鳴よかったです。」 「あ、ありがとうございます。」  挨拶をすませて帰ろうとしたとき、ワラビが言った。 「リリさん、つくしちゃん来てるよ。」  振り返ると、眼鏡をかけた長い髪の女性と、背の高い男性が一緒にいた。 「今度キャンプ動画撮るじゃん、それで来てくれたんだって。」 「え、どうやってつれてきたの? 」  化粧をしていない顔にだぼだぼのトレーナー姿の女性が言った。 「初めまして、花実つくしです。」  女性は少し咳払いをした。 「NNMのリリです。初めまして。」  歌声と同じすんだ綺麗な声が出た。 「声作らなくても……。」 「うっさい。ワラビちゃんがいきなり呼び止めるからじゃん。」  ワラビのお腹をリリが叩くと、ぽよんっと揺れた。 「あの、あれやってもらっていいですか? 」 「あれ……? 」 「動画の、最初の挨拶。」  リリに言われて、剛も少し咳払いをして言った。 「やっほー、元気? つっちゃんです。」 「ほ、本物だ……。」  リリが感激したように小さく拍手をしてくれた。  よかった。好意的に受け入れてくれているようだ。と、思ったがリリのそばにいる男性は無表情だった。 「あ、こっちはギターのナオトです。」  剛は背が高い方ではないが、ナオトは180cmはあった。刈り上げた襟足に染めた金髪、耳のピアスがえぐい。しかも無表情にこっちをみている。綺麗な顔立ちなのが余計に怒っているのかと不安になる。 「どうも。」  浅く会釈した低い声に、嫌われているのかと不安になった。 「よ、よろしくおねがいします。」  ふっとナオトが笑った。 「ナオト、感じ悪い。」 「いや、化粧でずいぶん変わるなと思って。」 「あんた、私にケンカ売ってるの? 」  リリが低い背でナオトを睨みあげる。  剛は、ナオトの顔を見て、なにかが頭の奥に引っかかった。その違和感がくっきり分かった瞬間に、叫びそうになった口をふさいだ。 「高校の頃、同じクラスだったから。」  ナオトが言うと、リリが剛とナオトを見比べる。 「え、高校って、高校? 」 「ガチのやつ? 」  周りがどよめく。 「久しぶり。」  ナオトが言う。 「……久しぶり。」  気づかなかった。あまりに変わっていた、高校の頃の制服姿しか覚えていなかった。  そして、変わり果てた姿を見られたのは自分も同じだった。  剛の通う高校はコンビニが一軒ある以外はファミレスもカラオケもゲームセンターもない、代わりに山と海のある場所だった。  そんな学校でもスクールカーストは存在する。 ナオトはどちらかというとスクールカーストの上にいた。高校三年には違うクラスになったため、その後は知らない。  まさか、こんなにかっこよくなっているとは思わなかった。 「ちょっと聞いてよつっちゃん。こいつあたしに最初なんって言ったと思う? 」  何故か、剛はNNMのリリと、ナオトと一緒に、居酒屋の個室にいた。 「歌はいいけどギターが下手で台無しつったのよ。」  カシスソーダをごくごく飲んで、リリは隣にいるナオトを睨んだ。 「そんな根にもつ? 」 「路上ライブやるくらいには自尊心あったのよっ。」 「でもいいギターが手に入ったっしょ。」 「きぃーっ本当なのが悔しいっ。」  本当にきぃーっていう人いるんだと剛は思った。 「トイレ行ってくる。烏龍茶頼んでおいて。」 「はいはい。」  ナオトがタッチパネルで烏龍茶を頼んだ。 「草野は? 」 「俺も同じので。」  タッチパネルを降ろして、ナオトはタバコを手に取った。 「理沙から聞いてたけど、動画見るまで信じられなかった。」  煙を上に吐いてナオトは言った。 「あれ、美空じゃん。」  ナオトの声が暗くなった気がした。 「なにあれ。理沙は面白がってたけど、笑えない。」  剛は、ぎゅっと下唇を噛んだ。 「それは、おっしゃることごもっともだと思います……。」 「敬語とかいいから、なんでああいうキャラにしたわけ? 」  きゅっと結んだ口を開いて、剛は言った。 「たくさんの人に見てもらえるような魅力のあるキャラクターにしようと思って。」  何を言っても恥ずかしい。 「俺の中で、いろんな人に見てもらえるだろうって、応援してもらえるだろうって、思った結果、花実つくしはああいうキャラクターになったんだ。」  ナオトは顔を伏せていた。  呆れて怒って、もう顔もあげたくないのかもしれない。かと思ったらふっと噴き出す声がして、笑い声がした。 「あんたには美空がああいう風に見えてんだ。」  きゅっと剛は唇をかむ。 「美空はあそこまで馬鹿っぽくない。」 「ば、馬鹿っぽくないだろ? お菓子回とかけっこうIQの高さを意識したし。」  ナオトが笑っていた。笑うのをやめようと真面目な顔を一瞬したが、それでも笑う。 「あんた、そんなに面白い奴だったんだ。全然気づかなかった。」  ちょっと涙出るほど笑うことかと、剛はせつなかった。 自分は好かれるような人間じゃないから、花実つくしは愛されるキャラクターにしたかった。高校の頃の自分を知っているなら、さぞかし滑稽に映るだろう。 「高校の頃の奴と会ってる? 」 「いや、俺高校に友達いなかったし。」 「理沙は? 」 「番号は知ってるし、時々動画のコメントくれるからそれに応えたりしてるけど、会ってはいない。」  ナオトはタバコを消した。 「俺も会ってない。」  そこにリリが少し千鳥足で帰って来た。 「なに? あたし邪魔? 同窓会の真っただ中? 」 「邪魔じゃない。ほら、烏龍茶と焼きおにぎり。」 「どっこいしょ。」 どっこいしょとNNMのリリが言うのを見る日が来るとは思わなかった。 「二人とも仲良くなれそう? 」 「仲良くはともかく仕事には問題ない。」 「あんたほんと感じ悪い。」  リリは剛に謝った。 「ごめんね。普段はここまで感じ悪くないんだけど。」  NNMのこんな姿ファンはきっと知らないのだろうと思いながら、剛は言った。 「俺たち高校の頃もそんなに仲良くなかったんで。でも仕事はちゃんとやりますから心配しないでください。」  リリは烏龍茶を握った。 「最近の子ってドライねぇ。でも、いいのかもね。仲良くなくても、うまくできれば。」  嬉しそうにほほ笑んだリリを見て、歌の歌詞の内容とは違い、人との関係を大切にする人なのだと思った。
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