1人が本棚に入れています
本棚に追加
水色の少年
6月にしては暑い、ある日の昼下がり。誰もが知る大手芸能事務所から色とりどりの少年少女が陽の光を浴びた。中でもひときわ目を引くのは水色の涼やかなワンピースを身にまとった少女だ。うっとうしいぐらい熱気が肌にこびりつくなかで彼女は季節外れの春の訪れを告げる桜のようだった。
「……インターネットが普及しとうの昔にグローバル化を遂げたこの世界で新星誕生という話題はすぐに広まり、ファンクラブもできた。多くの新聞の一面では『新世代に期待高まる!』と大々的に取り上げられている。実際、彼らは歌にダンスにラジオにテレビにその他多種多様な分野で活躍している。今回はその中でも特に期待されている少女を追う。」
そこまで書き終えてふぅ、と軽くため息をついた。時刻はすでに深夜2時をまわっている。ここから膨大な資料をもとにこの記事を明日までに書かねばならないのか、と思うと目眩がしそうだ。今日1日でいったいいくつの記事を書いたんだろう。そんなことを眠たい頭でぼんやりと考えていたが、気を取り直して大きく伸びをし、とっくに冷めてしまった黒く泥水のような液体をすする。そしてまた目の前の白い画面を見つめ、文字を打ち込んでいく。
やっとの思いで記事を書き終え帰路につく。外に出ると気温差でヒートショックを起こしそうだ。せっかく大きい記事を書き終えたことだし何かおいしいものでも食べようか、などと考えを巡らせながら短い影を引き連れて歩く。まぁ、あてはないのだけれど。
少し涼しい風にあたりたくなったので家からほど近い公園に行くことにした。公園の遊具には子供が遊んでおり、近くのベンチにはその親と思わしき人々が談笑している。それらを横目に見ながら木の影になっている端のベンチで甘いカフェオレを飲む。
明るい日差し、賑やかな子どもたち、犬を連れて散歩する人、手を繋いで歩くカップルが一気に視界に入り、華々しく咲いているように見える。それを遠くから見ているだけの私はあの人たちからはこの木陰の土のようにじめじめとして見えるのだろう。
そんなこんなでぼんやりと時間が過ぎていき、気付けば日が傾いていた。今日は少しより道でもしてみようかと思い、いつもは来ない、ふわっとした甘い香りが漂う路地に足を踏み入れる。なんの匂いだろう。幾分か進むとどこからか視線を感じた。そっと後ろを振り返るとこちらをじっと見つめる猫。正直、猫は、あまり好きではない。何を考えているかわからないからだ。
でも、その猫は不思議と私を呼んでいるような気がした。すぐそこに家が見えたが、猫が歩き出すのでついて行ってみることにする。途中まではよく知っている道だったがいつの間にか誰も知らないような暗い場所にいた。もともと私は暗い場所があまり得意ではない。知らない暗い場所に、独り。ここにいることでドキドキしているのか、普段しないようなことをしてドキドキしているのか。いずれにせよ、様々な感情が湧いては消えていく。
気づくと周りにゆらゆらと光るものが数えきれないほどある。最初、何かわからなかったがよく見ると全て猫の目だった。さすがにそれには驚き、ここに来たことを少し後悔する。全方向から猫の視線を感じ、先ほどまでの好奇心が泡のように消えた。
しばらくすると猫の目が消え、代わりに人の足音が聞こえてきた。持っていた鞄を盾に身構えて待っていると知人ではないが見覚えのある顔だった。黒髪をショートカットにしていて、爽やかな少年のようだ。誰だったかな、と首を傾げたところで体が大きく右に傾いた。日々の仕事で三徹していたことを思い出し、あ、これはだめなやつだ、と察した。眠気が限界に達し、吸い込まれるように眠りに落ちる。意識が飛ぶ直前にこちらに向かってくる足音と少年と呼ぶには少し高い声が聞こえた気がする。
最初のコメントを投稿しよう!