in the room

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もうまもなく日付が変わる 今日も、結局帰りが遅くなってしまった もう彼は寝てるだろうか? 「…ただいま、」 もう眠りについてしまっているかもしれない彼を想い 私は なるべく音を立てずに家に入る 部屋は暗闇に包まれている 珍しい 最近の彼は 明かりやテレビをつけたまま寝てしまったりする事が多かったので 彼の眠りを妨げないよう そっと消す事が日課のようになっていた 彼が起きないように、豆電球だけをつけると ワンルームの隅にうずくまるように座っていた彼が 驚いた表情で 電気をつけた私に目を向けた 「わ…っ!起きてたの…?」 そんな表情をされても、 驚いたのは私の方だ 私が思わず大きな声をだしてしまったせいか 彼はひどく怯えた顔をする 私がかえってくるまで ずっと暗い部屋の中にいたのだろうか? 「毎日帰ってくるの遅くなっちゃって、ごめんね…」 さすがに怒っているのだろうか。 彼からの返答はない。 彼は無言で立ち上がり 冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出して、一口飲んだ。 驚きの表情は消えたものの、 ミネラルウォーターのボトルを見つめる彼から 感情は読み取れない。 なんとも言えない雰囲気が二人を包み込んだ。 大学生の彼が、私の部屋に転がり込んできたのは つい最近の事。 年下はちょっと…と思っていたが 私はこの新しい生活を気に入っている。 毎日一緒に居られる事で、 日に日に この年下の彼を愛おしく感じ 彼の存在が 私の中で大きくなっていった。 だけど、最近 彼との間に距離を感じるようになってきたのも事実だ。 最初の頃は 何をするのも本当に嬉しそうで その笑顔をみて 私もなんだか嬉しくなった。 テレビゲームでムキになる彼の横で まあまあと諭してやったり 我が物顔で、お風呂上がりに パンツ一枚で出てくる彼にドキドキしたり。 時には彼がキッチンに立ち 不器用ながらも作った卵焼きを ドヤ顔で写真に撮り 友人にメールで送りつけている様が なんだか可愛くって つい抱きしめた事もあったっけ。 けど、最近は めっきり 暗い表情ばかりしている彼 私が同じ大学生だったら、 何かが違ったのだろうか? ふ、と同じキャンパスに通う私達の姿を想像する 食堂で一緒に食事を摂ったり、 2人で同じ講義を並んで受ける私達を思い浮かべた所で 考えても無駄だ、と私はすぐにかぶりを振った。 「…もう、無理だよ」 ポツリ、と彼が漏らした一言は まるで独り言のようで。 「え?何?」 私は聞こえないふりをして 聞き返してみる。 彼は相変わらずこちらに目を向けてはくれない。 こういう時は、どうすればいいのか ふざけてしまえばいい? それとも、誠心誠意謝れば 彼は許してくれる? 考える間も無く 彼は 乱暴に自分の携帯と財布を手に取り 私の横を すり抜けて 玄関へと向かう。 独りに、しないで 「…まって!ねぇ、ちゃんと話せば」 引き止めようと振り返ると同時に 彼はバンっと大きな音を立てて 飛び出していくのを 目の端で捉えた。 「…私は静かに帰ってきたのに」 彼がいなくなった部屋で、 私は 先ほどの彼のように 小さな声で呟いた。 「ほんと、もう無理なんだって!」 もう何日もろくに寝れてないと言う彼は 心なしか 少し痩せたように見える。 事態は深刻だということは、彼の表情ですぐ分かる。 「…とりあえず、うちくる?」 何日も前から事情は聞いていたが、 どうしていいのか分からなかった。 最初は、考えすぎなんじゃない?と茶化してはみたものの 日に日に 元気のなくなっていく彼を ずっと心配はしていたのだ。 唯一私が出来るであろう提案に マジ!?たすかる!今日から行く! と、目を輝かせる彼の頰は 少しだけ赤みがさしたように感じた。 「それはいいけど…これからどうするの?」 今日来るという彼の言葉に、 私は 昨日掃除したばかりの まだ綺麗な自宅の現状を脳内で確認してみる あ、下着 お風呂場に干しっぱなしだ 彼が見つける前に片付けねば、と 帰宅後の行動パターンまで想像しながら 私は彼に問いかけた 「どうするって………だって、」 彼の声がしりつぼみになる。 「だって、誰もいないのに 突然電気がついたり 急に身体が動かなくなったりするんだぜ? ぜってーなんかいるもんあの部屋…」 私はまだ入った事もない彼の部屋を想像する。 見えない 何か がいる部屋を。
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