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「いい? 今日はあんたが明里姐さんのお世話させてもらい。なるべく側にいなあかんからね」
明里天神の部屋を出てぱたぱたといつものように雑用をこなしていたカコは、ばったり会った葵に唐突にそんなことを言いつけられた。いつもは進んで明里天神の側にいたがるのに、今日は何故かそれを嫌がっているかのようにさえ感じられた。
「あの、さっきねえさんに仕事に戻るようにって」
「うちは今日忙しいから、あんたが姐さんとこにいとき。まさか嫌ややなんて言わへんよね」
カコは内心首を傾げながらも、葵に逆らった後の時のことなど考えたくもなく、大人しくその言葉に従った。数刻ぶりに明里天神の元へと戻ると、変わらず布団に横になっている彼女の側に座り込む。色が白いな、まつ毛が長いなとその美しい寝顔を見つめていると、突然彼女がふっと目を開けた。
「・・・・・・イチ? なんでここに」
「あっ、あの、葵ねえさんが、今日は明里ねえさんのお側にって」
「葵・・・・・・? 葵はどこにおるの」
明里天神はゆっくり身体を起こして険しい顔をした。カコはしどろもどろに、今日は仕事が忙しいそうだと伝えた。
「仕事? 仕事て、あの子にそんな大層な仕事が回ってきてるわけないやろ。まさか、誰か会いに来てはるんか」
「わ、わ、分かりません」
「まさか、コウさまが・・・・・・イチ、今から葵のとこに行ってあの子を呼んできよし」
カコは、思わず自分の耳を疑った。
「あ、の、今、コウさまって」
「そうや、さっき言うてた葵が熱上げてるお人のことや。あのお人はあかん、すぐ呼び戻し」
コウというのは、まさか自分が知っているコウと同じなのだろうか。混乱のあまり固まってしまったカコを、彼女は早くしろときつく叱咤した。基本的に大きな声や音が苦手なカコはいつもそれだけで飛び上がってしまうのだが、今回だけは違った。
「そのコウというお人は、少し前にねえさんに会いに来てはったあの人ですか」
明里天神は、きゅっと眉を吊り上げて口を開いた。
「その口ぶりやと、あんたも知ってるんやな? ほな話が早いわ、はよそのうるさい口閉じて足動かし」
やはり、あの人なのだ。そう確信したカコは、ふらっと立ち上がってそのまま部屋を出た。
葵は、コウのことを好いている。では、コウの方はどうなのだろう。わざわざ葵に会いに来ているのだから、もしかしたら、彼も。カコはぎゅうぎゅうと痛む胸を押さえながら、何も考えられないまま、葵を探して走り出した。
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