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「女の子連れてきたよー」
糸を連れて登場した羽切に、「アウトー、それセクハラ発言ですから」と赤い顔をした星野が派手に非難した。かなりご機嫌な様子だ。
「お邪魔します。営業一課の玉響です」
堂道は「お疲れぇ」とぶっきらぼうに言ったきり、糸にも素知らぬ顔だ。
堂道と星野がすでに四人掛けのテーブルに向かい合っていて、それぞれの隣の空席が一つずつある。
羽切が星野の隣に席を取ったので、糸は必然的に堂道の隣に座ることになった。
今をときめく星野と同席するのは少し緊張した。
昼間、遠目に見ただけでも、人から好かれる明るさを持っているのがうかがえたが、酒が入ってより朗らかになっているようだ。
「泥臭い仕事が懐かしいっすよー」
「泥臭い仕事……ですか?」
三人の話題がだんだん勢いを失ってきて、昔の思い出話が繰り返されるようになってきたので、糸はようやく首を傾げる。
近況の仕事の話には出しゃばってはいけないと思い、それまでは相槌を打つだけにとどめていた。
「そうそう、根性見せてみぃ! って言われてまさに根性見せる感じの。東京から九州までトラックぶっ飛ばしたり。雪ん中、仕事もらえるまで外で待ったり」
星野が得意気に武勇伝を語って聞かせる。
「それ、ネタじゃなくてホントにですか?」
「マジマジ。四課にこいつらがいた当時はアウトローで有名だったんだよ。そんなんばっかやって仕事取って来て。もはや交渉じゃなくて懇願みたいなやつなー」
羽切が星野の肩を何度もたたいた。
「さすがに俺も最近はそんなんやってねえよ?」
「堂道さんと漁船乗ったこともありましたよねー」
「漁船ですか!?」
糸は思わずビールをむせた。
「堂道さんってば、本物の漁師かと思うくらいめちゃ働きよくって。漁師にスカウトされて」
「逆にコイツ、ずっとゲロってて。マジ役立たず」
「だって、俺、昔から乗り物酔いするタイプでー」
「夏至さん、超器用で何でもできちゃうんですよね」
「堂道の場合は、器用貧乏とも言うけどなー」
「あれって、水族館でしたっけ?」
「ああ、アシカの飼育員なー。あれはマジで転職考えたわー」
堂道の口調はいつもと変わらない。
それでもいつもより笑っている。
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