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リンドーコ帝国に何が起こったのかと言えば、ありがちな陰謀劇である。
皇帝の第一夫人、皇后・楊鳴花を毒殺したのは第二夫人の柳毛月だ。
その罪を第三夫人たる芭浜玉に着せたのも、同じく毛月であった。
皇帝が隣国に遠征に出ている現在、「これはやれるんじゃないか」と思い立った毛月が、やってみたら、できてしまったのだ。陰謀劇が。
「オホゝゝ、法治国家何するものぞ! 銭と地位と暴力をちらつかせれば、法務も警察も思いのマゝよ!」
そんな我が世の春を謳歌する毛月の様子や、その陰謀などは露知らず。
帝国を追放された浜玉は、愛馬ミロード号と共に古い街道を南下し、帝国の外れへと流れ着いていた。
かつての名を失い、今はカンセキスタと呼ばれる、古代都市の跡地である。
「ミロード、今日はここで休みましょう」
「ひひいん」
カンセキスタは、かつては栄華を誇った古代都市である。
しかし華やかなりしは過去のこと、今や単なる廃墟、というより最早、遺跡の類いだ。
当時は別の名で呼ばれていた、在りし日のカンセキスタでは焼きそばが名物として知られていた(昼時を過ぎると値段が三分の一になる)が、時の流れは残酷である。今やポテトや焼おにぎりの影すらもない。
屋根と壁はあるので雨風は凌げるが、食料や水はどうしたものか。
馬であるミロード号には野草を食べるよう言って放し、浜玉は水場を探して散策を始めた。
リンドーコ帝国は巨大な人造の湖を中心に出来た国家であり、近隣の都市には必ず用水路が引かれている。
帝都からここに来るまでも、水辺に沿った道を進んできたのだが、途中で道路と水路が離れる箇所があったのだ。
「あら、ミロード」
道を抜けた先の広場の中心には、小さな溜め池がある。
そこでは、先ほど別れたミロード号が首を下げ水を飲んでいる最中だった。
浜玉はその隣に膝を付き、両手で掬った水を口にする。
「水だけは、問題ありませんわね」
「ひひいん」
溜め池の周りには野草が繁っており、ミロード号の食料についても問題はないだろう。
「餃子か玉子焼きでも見つからないかしら」
浜玉は眉根を下げて息を吐く。
箱入り娘から皇家に嫁いだ浜玉には一切の生活能力がなく、大抵の食料は草木に生るものだと、漠然と考えていた。
当然ながら、餃子の生る木などは存在しない。
「ひひいん」
見かねたミロード号は浜玉の襤褸の裾を咥え、広場の隅の樹下へと連れてゆく。
「何ですの、ミロード?」
「ひひいん」
そうして首を伸ばし、木に生っていた梨を咥えて捥ぐと、それを浜玉の掌に落とした。
「まあ、ミロード! これは……ううん、何ですの?」
箱入り娘から皇家に嫁いだ浜玉は、皮を剥かれて切り分けられた梨しか見たことがない。
「……ひひいん」
ミロード号が梨を軽く噛み砕くと、汁と共に匂いが広がった。
「あら! 梨の匂いがしますわ! もしかして、これって梨ですのね!」
「ひひいん」
「ありがとう、ミロード!」
野生化した梨は実も小さく、味も薄いものの、腹を満たす役には立つ。
ひとまず梨だけで腹を満たした浜玉は、馬でも通れる入り口の広い建物を探した。
生活能力のない浜玉と、馬であるミロード号は、簡単な掃除もしない冷たく埃塗れの床で、身を寄せ合って眠りに就いた。
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