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牢獄のようなこの世界で
恭祐が泣いていると、鬱陶しいから早く泣き止んでくれ、と言う親だった。
泣いている理由を聞かれたことがないではなかったが、その言葉にはいつも苛立ちがこめられていた。なんで泣いているの、鬱陶しいから早く泣き止んでくれないか、と続くのが常だった。
両親共々、恭祐に関心がないのではない。むしろ逆で、食事は欠かさず与えられたし、物ごころついたころから自分の部屋だってあった。参考書を買うのに金を出し渋られたことはなく、テストで満点を取れば褒めてくれる。学校行事にも欠かさず出席してくれた。両親は模範的な人間で、酒や賭博、不倫に走ることもない。暴力を振るわれたことだって一度もない。自分は恵まれている。それは、恭祐もわかっていた。恭祐自身、非の打ち所の無い両親だと信じて疑っていなかった。
違和感を覚えたのは、中学時代、高校に入学したら部活をやめるようにと言われたときだった。
実家が診療所なので医学部に行けというのは、以前から言われていたことだ。しかし、部活との両立は可能であるように、恭祐には思えた。恭祐は、こういう言い方をすると嫌味に思われるので滅多に口には出さないが、勉強というものが得意な少年だった。大抵のことは一度聞けば理解できるし、基本がわかっていれば難解とされる応用問題も難なく解けた。高校受験だって、中学三年の夏まで部活に明け暮れても十分に志望校に届いた。大学受験も同じようにやれば良いと思っていた。
しかし、両親はうなずかなかった。高校受験と大学受験は違う。しかも医学部に現役でとなると、少しの油断も許されないのだと言う。恭祐は自分の意見も言ってみたのだが、何一つ受け入れられることなく、小学生のころから続けていた柔道を中学三年でやめることになった。
幼いころから医者になることが当たり前だと言い聞かされてきたので、これが大人になることなのだと、恭祐はなかば諦めていたように思う。
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