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「恭祐!」
びくりと肩を震わせた。振り返ると、焦げ茶色のダッフルコートに身を包んだ少年が、大きく手を振っていた。恭祐の幼馴染で、名を誠司と言った。物ごころついたころからの付き合いで、かけがえのない親友と言っても、過言ではない。恭祐の弁当をしょっちゅうつまみ食いして喜んでいたのは彼だし、中学まで一緒に柔道をしていたのも彼だった。柔和な顔立ちだが体格が良く、小柄な恭祐とは頭一つ分も身長が違った。
その誠司が、なんとも嬉しそうに駆け寄ってくる。
そうこうしているうちに、踏切の向こうを電車が走り抜けていった。
「久しぶりだなあ。せっかく同じ学校に通ってるのに、クラスが違うと全然会えないから。恭祐とは帰る時間も合わないことが多いし」
誠司の声を聞いて、恭祐は急に現実に戻ってきたような感覚を覚えた。つい先ほどまで、本当に自分は向こう岸に近づいていたのかもしれない。とっさに返事ができなかった。踏切が開いたことにも気づかずぼんやりしていたら、誠司が不安そうに首を傾げた。
「疲れた顔だね」
「ああ、そうだね。疲れてる、かな」
誠司が心配しているのはわかったが、取り繕う余裕はなかった。誠司の足を止めしまっていることに気付き、恭祐は慌てて歩き出そうとしたが、腕をつかまれた。
「はい、これ」
突然目の前に、湯気の立つ真っ白な饅頭が差し出された。
「餡まん。おいしそうだったから買ったんだけど、食べる?」
恭祐は思わず受け取った。冷えきった両手が温かくなる。まだ温かいということは、つい先ほど買ったところなのだろう。誠司は自分でももう一つ饅頭を取り出している。
命を投げようとしていたのに、真っ白な饅頭を見ていると食欲をそそられた。ぱくりと一口食べれば、甘くて温かい味が口の中いっぱいに広がる。
「恭祐?」
誠司が驚いている。当然だ。恭祐は泣いていた。
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