あの時僕は間違いなく、死のうとした。

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***  誠司(せいじ)と二人、家路につく。夕日がきらきらと眩しい。  恭祐(きょうすけ)にもわかっている。両親は決して悪い人間ではない。ただ、恭祐に対する責任がある。一人息子である恭祐を絶対に医者にしなければならないという思いから、恭祐の真意にまで耳を傾ける余裕がない。それほど精神的に強い人たちでもない。それは、あの二人の子供である恭祐にはよくわかっていた。  そして、のんきな顔をして隣を歩くこの友人にはその責任がない。恭祐が何になろうと、なんなら、大学に行けなくても、就職できなくても、恭祐が納得して幸せならそれでいいと無責任に言ってしまえる、そういう立場の人間だ。  ただ、そういう無責任な立場にいる人間はこの世に山ほど存在しても、本当に手を差し伸べてくれる人間に出会えることは、奇跡に近い。久しぶりに会った友人の顔をきちんと見て、疲れていると察して、呼び止めることまでする人間が、この世にどれだけいるだろう。 「誠司君」 「うん?」 「ありがとう」 「何が? ああ、餡まん? 安かったけど、意外とおいしいよね、これ。明日も買って帰ろうかな」 「そうじゃなくて」 「そうじゃなくて? 餡まん、だめ? 恭祐、甘いもの好きなのに」  言いながら誠司は、はふ、と餡まんにかぶりついている。恭祐は思わず笑ってしまった。彼にとっては、疲れた友人に寄り添うのは当然で、礼を言われるほど大層なことではない、ということなのだろう。  恭祐にとってはまさしく人生に関わる大層なことであったし、多くの人にとっても、死に焦がれるほど打ちのめされた人間の傍にいるのは体力を要する行為だと思うのだが。それでも、なんでもない、と言ってしまえる彼の友人で良かったと、それだけでも自分の人生は恵まれていると、そう思えた。  恭祐は誠司にならって、餡まんを食べた。涙の塩辛い味がした。 了
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