天国から地獄へ(フレデリック視点)

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天国から地獄へ(フレデリック視点)

 どうして、こうなった?  俺はさっきまで天国にいるかのような幸せな気持ちに包まれていたはずだったのに……。 *** 「フレデリック、これはどういう事なの?」  般若のように恐ろしい顔をした母上が正座した(させられた)俺の前にたくさんの冊子をドサドサッと音を立てて積み上げた。 「こ、これは?」 「お前が、婚約者である女性を裏切って男性と深い仲になった。と言うことが事細かく書かれている暴露本よ」  俺はその薄っぺらい冊子をひとつ手に取ると、恐る恐るページをめくっていく。  確かにそこにはぼかしてはあるが俺だとわかる人物が婚約者の令嬢をないがしろにして男との恋愛に走ったという描写の話がいくつもかかれていた。 「なっ……!こんなのは全部出鱈目です!」  なんだこれは……!幼い少年に、使用人?さらには年老いたじじいや平民までもが俺(らしき人物)の相手にされているではないか!俺にこんなじじいを襲う趣味などないぞ! 「出鱈目?でも、わたくしが留守の間に勝手にテイレシア嬢との婚約を破棄し、テイレシア嬢の義妹と勝手に婚約を結んだのでしょう?そして、その婚約すらまたもや勝手に解消したわね?さらには教師をしてくれていたこの国の知識者たちを国から追い出した。知識者たちの弟子までも全てよ。それがこの国にとってどれだけの損害になったかわかってるの?  わたくしや陛下の承諾も無く、王子の権限だけで無理矢理そんなことをやって……やっと見つけた真実の愛とやらの相手が男だと聴いたのだけど?」 「そ、それは……」  なんてことだ、ジークハルトとのことがバレたのか?このままでは愛しいジークハルトに被害が及んでしまう!俺と愛し合ってしまったせいで、ジークハルトが酷い目に合うなんて耐えられない……!いや、待てよ。まだその相手がジークハルトだとまではバレてはいないだろう。なんとか誤魔化せれば……。 「ちなみにその相手は、ジークハルト・アルファン伯爵というらしいわね?長い銀髪に紫の瞳のかなり美しい男だとか……」  バレてる――――!めちゃくちゃバレてる――――!!なんでだ?なんでバレたんだ?! 「たかだか伯爵でしかない美しいだけの男が、まさかこの国の第1王子をそそのかしそんな関係になるなんて……ジークハルト・アルファン伯爵はフレデリックを騙して国を揺るがすとんでもない事をしでかした犯罪者よ!こうなったら……」  母上がぎりっと歯軋りをし、手に持っていた薄い冊子を握り締めた。それを見て俺は本能的にジークハルトの危機を察したのだ。 「待って下さい、母上!」 「……フレデリック?」  俺は母上に土下座し、叫んだ。 「悪いのは俺です!俺がジークハルトを愛してしまったせいなんです!だから、ジークハルトに罪はありません!」 「……フレデリック、お前……」 「お願いします!罰なら俺が……俺がどんなことでもしますから!!」  俺は必死に頭を下げた。母上の好みは熟知している。ふふふ、実は母上はこういう系が好きなのだ!愛の為に自分が罪を被って相手を庇う……そこにはまさに真実の愛しかない。そんな愛し合うふたりの姿に感動していることだろう!  きっと母上はそんな俺の姿に感動して全てを許してくれるに決まっている。 「まぁ、フレデリック……お前がそこまで言うなんて……」  土下座してる状態なので目視は出来ないが、母上の声が震えているように感じた。どうやら俺が目論んだ通り母上の心を動かしたに違いないと、俺は泣いたふりをしながらニヤリと口を歪めた。  だが、母上の次の言葉に俺は泣いたふり忘れて慌てることになるのだ。 「わかりました。ではお前の望み通りに致しましょう。フレデリック――――お前は今日限りで廃嫡します」 「――――へ?」  思わず顔をあげて母上を見るがその顔は予想とは違い、感動に震えても涙してもいなかった。  ただ、にんまりと笑っていたのだ。 「お前の望み通り、ジークハルト・アルファン伯爵はお咎め無し。王宮を騒がした罪はフレデリックのみが償うとし、王子としての権限を全て失い今日から平民になるのです。  愛する人間を救う為に全てを捨てるなんて……それでこそ真実の愛ね?」  俺が平民になる?母上が一体何を言っているのか訳がわからなかった。だって俺は第1王子で唯一の跡継ぎのはずだ。だいたい父上がそんなことを許すはずがないじゃないか。俺がいなければこの国の未来はどうなると言うのか……。  しかし俺のそんな疑問を感じ取ったのか、母上は「素晴らしいことだわ」と形ばかりの拍手をするとぐしゃぐしゃになった冊子を放り投げて1枚の紙を見せてきた。 「お前を正式に平民にするための書類よ。ほぅら、ここに陛下のサインもあるでしょう?」  その紙には、俺を廃嫡し新たに迎える養子を王太子として認める。と書かれていたのだ。 「……よ、養子……?」 「お前は、クリストファー王子を覚えているかしら?」  その名は父方の遠縁の名前であった。昔会ったことがあるが確か、顔にアザだか傷だかがある醜い子どもだったはずだ。美しいものが好きだった俺は散々乏してやった記憶がある。いくら遠縁とは言えこんなのと血が繋がっていると思うと虫酸が走ったものだ。 「あんな醜い顔の奴が、どうしたと……」 「あら、クリストファー王子がお前の代わりにこの国の王太子になってくれるのよ。ちゃんと感謝なさい?」  俺は衝撃を受けた。だって、そんなのおかしいじゃないか! 「待って下さい!確かに教師たちを勝手にクビにして追い出したのは俺が悪かったですが、俺を平民にしてあんな醜い顔の奴に乗っ取られるなんてそんな暴挙を他の貴族や民が納得するはずがないじゃないですか!」 「何を言っているの?」  母上はにっこりと微笑み、だが目は笑っておらず……俺があの教師たちを追い出したせいでとんでもないことになったのだと語り出した。 「お前が追い出した者たちはね、ある意味貴族よりも権力を持っていたのよ?あの知識は国の財産であり、国の歴史。我が国だけのトップシークレット。あの知識があったからこそこの国が救われた事だってある。それがよその国に流出したらどうなるかわかる?教えたはずよね?この国に留まってもらうために王族の教師を任命していたというのに……。お前が殴った相手はね、国宝の称号を持っているの。そんな者たちに暴挙を働いた馬鹿な王子を惜しむ人間がいるかしら?」  なんとあの教師は、本当に世界で唯一の賢者なのだそうだ。不老長寿の力を持っていてこの国の歴史と共に生きてきた生字引なのだと。あの教師がいたから戦争にも勝ち国が豊かになった、我が国の恩人を俺が裏切ったと。 「そしてなによりも、お前は怒らせてはいけない方を怒らせてしまったしね……」  母上がなにかを呟いたが、もうその言葉は俺の耳には届かなかった。 「……わたくしの敬愛する、()()()()の怒りをね」
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