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冴木さんが運転する車にみんなで乗り込み、兄の病院に向かった。
そこでようやく、行き先を告げられた主任は心なしかほっとした顔をしている。
冴木さん、わざと教えなかったのかな?
小さい時からそばにいるので、この人の性格が多少ひねくれているのは知っている。
僕が後ろからバックミラー越しに見ていると、それに気づいた冴木さんとミラー越しに目が合った。
「どうかしましたか?奏さん」
「いいえ。なんでもないです」
そのやり取りに葵くんは何か言いたげに僕を見て、そして冴木さんを睨んだ。その様子に冴木さんが余裕の笑みを返す。
アルファ同士の静かな攻防に僕は気づかない振りをして窓の外を見た。見ると主任も苦笑いをしている。
葵くん、冴木さん相手にそんな敵意むき出しにしてると大変だよ。僕の周り、アルファばっかりだから・・・。
心の中でそう呟いていると、車は病院に着いた。
裏口に近いスペースに車を止めると、先に降りた葵くんがやっぱり手を引いて僕が降りるのを手伝ってくれた。
本当にもう、お腹が重くて重くて・・・。
「奏さん、これからもっとお腹は大きくなるんですから、これくらいで根を上げていたらあとが大変ですよ」
そう言って裏口のドアを開けてくれた冴木さんに僕はちょっと膨れる。
「まだ根は上げてません」
思わず返した気安い言葉に、握っていた手にぎゅっと力が込められた。びっくりして見ると葵くんは冴木さんを睨んでいた。そしてその冴木さんは意地悪そうな笑みを浮かべている。
まだやってたのか・・・。
終わらないアルファ同士の攻防に僕は密かにため息をついた。
冴木さん、絶対わざとやってるよね。
その二人の様子に主任の苦笑いも止まらない。
さて、裏口から入って夜間受付で受付をしていると、バタバタと足音が聞こえた。
「奏、何かあったのか?」
心配そうに走ってきた兄は僕のそばに来ると、隣の冴木さんに噛み付いた。
「お前意味深な電話よこしときながら勝手に切りやがって。その後連絡つかないってどういうことだ」
「ああ、サイレントモードにしていたのを忘れてたよ」
しれっと答える冴木さんに、兄はむっとした顔をする。
「お前・・・」
まだ何か文句を言おうとした時、僕の反対側の隣の葵くんと後ろにいる主任に気づいたらしい。そして葵くんはアルファである兄を睨み、また手に力を込めた。
あからさまな威嚇を受け、兄はおやおやという顔する。
そんな二人をまるっとスルーして、冴木さんはスマホを取り出してどこかに電話した。
「どうだ?・・・分かった、すぐ戻る」
短い通話を切ると来た道を戻り始めた。
「おいおい、説明無しか?」
慌てた兄が冴木さんに声をかけるが、冴木さんは少しだけ振り向くと、
「彼女は奏の上司の篠原主任で、 そっちは息子さんの葵くんだ。で、その子が奏の番だから一緒にエコー見せてやってくれ」
と、爆弾発言をして去っていった。
そのテキトーな説明に主任はバツが悪そうにし、葵くんは新たなアルファに警戒して威嚇し、僕は悪事がバレた子供のように青くなっていた。そして兄は・・・。
「・・・奏、今のは・・・」
本当なのか?と多分問いつめるつもりで僕の腕に手を伸ばしたんだろうけど、その手を葵くんが叩き落とした。
「あなたは誰ですか?奏さんに触らないでください」
その瞬間空気が張りつめ、ただならぬ緊張感が走った。そしてその緊張感に耐えられなかったのは主任だった。
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