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僕はオメガに生まれて、とりわけ何かを思ったことは無かった。 世間ではオメガは社会的地位も低く、身体的にも能力的にも劣っていて、定期的にくる発情期のために淫乱なイメージを持たれる。 そのため、オメガであることを自ら悲観したり、周りから差別的な扱いを受けるといったことがよく聞かれる。 けれど、それも昔の話。今では社会的地位も上がり、一般のベータと変わらぬ扱いを受けるし、発情期も抑制剤によって上手くコントロールできるようになった。上の世代ではまだ以前の考えを持った人も多くいるとはいえ、普通に生きていくのにオメガという性は必ずしもマイナスにはならなくなっていた。 僕も自分のオメガという性を自然に受け入れている。 どうせ僕はオメガだから・・・なんて思ったことは無い。どんな性にだって個性がある。アルファだから、ベータだから、オメガだからと言って、全ての人がその型にはまるわけではない。 僕はいつだってそう思って生きてきた。背伸びはしない。卑下もしない。分相応の身の丈にあった生き方をしてきた。 だから、その時の自分が出来るだけの努力をし、自分の理想に少しでも近づけるように頑張ってきた。無理はし過ぎない。でも、サボり過ぎもしない。そうやって自分の能力を見極めながら今ここに立っている。 大学を出て、就職をして、親元を離れて一人暮らしして、いつか好きな人が出来たら結婚したい。もしそれがアルファだったら番になりたい。そのために毎月少しでもいいから貯金もしてきた。 なのに・・・。 どうしてこうなったんだろう。 オメガは発情期があるせいか、性犯罪に巻き込まれやすい。そのための自衛策は僕だってしてきた。発情期の前後には人混みには入らないとか、抑制剤やアフターピルは必ず持ち歩くとか。 昨日だって発情期を終え、フェロモンは出ていなかったはずだ。だから普通に会社に行って仕事をして、帰るついでにちょっと上司の忘れ物を届けるだけのはずだった。 なのに・・・。 無事に忘れ物を届けてそのまま出張に出る上司のタクシーを見送り、あとは帰るだけだった。駅に入ろうと向きを変えたその時、どこからかグレープフルーツの香りがした。その瞬間、鼓動が大きく脈打った。 ドクン・・・。 その一回を皮切りに、心臓の鼓動はどんどん高鳴り、呼吸が荒くなった。体温が急激に上がるのを感じ、まさかと思った瞬間、恐怖で足が竦んでしまった。 発情期。 終わったばかりの身体は明らかに発情していた。なぜ発情したのか、そんなことを考える前に自分の今の現状に恐怖した。
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