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 二階堂が結婚する。  正確にいえば、さっき、した。豪華絢爛、目が眩むような結婚披露宴が終わり、二次会へと続き、今は立食パーティー中。  おしゃれで手入れが行き届いた夜のガーデンはあまりにも広大すぎて、向こうにいる列席者の顔すら見えない。やっぱ金持ちは規模が違う。  アイツは私と同い年だから、22だ。私は大学生で、まだ就活だの卒論だのとガリガリ勉強してるっていうのに、二階堂はおじさんの仕事を継ぐからって、ストレートで次期社長候補様。幼馴染なはずだったんだけど、なんだこの差。  オマケに新妻は超があり得ない程付く美人なお嬢様だった。彼女のことはよーく知ってる。彼女は二階堂が中学時代所属してたバスケ部の追っかけ隊長様だ。  中学の時、運悪くバスケ部のマネージャーをしてしまった私は何度かお仕置きを食らいかけたから。(誰があの俺様ナルシストなんかに色目使うかってんだバッキャロウ)  そんな二階堂にも唯一、私と同じ部分がある。初恋は叶わなかったらしい。高校時代の話だ。  あんなに好きだの愛してるだのと散々自慢して、浮かれてはしゃいでラブラブしてたのに、その彼女とは別れてしまった。いや、別れざるをえなかったんだろう。この幸せな結婚披露パーティーの裏には、たくさんの陰謀と策略が渦巻いている。  二階堂はああ見えて、たくさん諦めた。たくさん泣いた。そして今、新妻の横でたくさんの列席者を前に凛と立っている。  あの時の彼女だって今は、幸せに別の人の彼女をやっているんだろう。  時は残酷。でも絶えず、回っているんだ。 (その彼女と笑顔で話せてる二階堂をさっき、ちらりと見た)  私はひとり、くるくる回っていく世界についていけてない。なんとなく大学へ進学して、意地みたいに恋愛に手を出して、出鼻挫かれて。  たぶん中学から止まってる。あんなに毎日が虹色にキラキラしたのはあの時だけだった。それはあの“彼”に恋い焦がれていたからで。  でも、初恋は恋になる前に砕けて現在、過去になりつつある。もうあんなに好きだった顔も、意地悪な声も、モヤがかってよく思い出せない。 「……恋、ってなんだっけ。ちくしょう……」  ぽつり。  ひとり呟いて、もう何杯目になるか分からないけれど、ウェイターの運ぶちょっときつめのアルコールに手をだそうとした、その時だった。 「これ、結構です」  一発で酔いが覚めた。(気がした) 懐かしくてくすぐったい香り。スラリとした綺麗な指が私のとったシャンパングラスを奪いとり、ウェイターに返す。  すぐ上を見上げれば、今まで心臓が死んでたんじゃないかってくらい、それはそれは激しく脈打ち始めて。世界から音が一切合切消え去ってしまった。 「さすがに飲み過ぎです先輩。死にたいんですか。」 「そ……そっぴー?」 「そっぴーゆうな。です。というかなんで疑問文?」  なんでって……なんでって、当たり前。中学以来じゃないか。高校は私マネージャーしてないし、彼は県外の大学を受験したと風の噂で知った。  いつの間にこんなに背が伸びたんだろう。声も顔立ちも、スーツの着こなしまで何もかもが大人。唯一変わらないのは、憎まれ口とあの澄んだ香りだけだった。  久しぶりですね、なんて隣に腰掛けられる。あああああやめて、酔ってるせいなのか分からないけど、私今普通じゃない。変な感覚がする。懐かしいけど避けたくて、なぜか幸せですごく苦しい。 「元気でしたか?……って、これだけ飲めたらこの質問は無駄ですね」 「みっ、見てたの?!」 「はい。なので諦めてください」 「うっ……そ、そうよ元気よ。昔から元気だけが取り柄だし……総吾くんが来てるなんて、知らなかった」 「なぜか二階堂先輩に「ご祝儀はいらないから死んでも来い」って言われたんです。ちゃんとお祝いは渡しましたし、もともと出席するつもりでしたけどね。なんででしょう」  に、二階堂のやつ……!!  慌てて周りを見渡しても、あの高慢チキな俺様はどこにも見当たらなかった。あとで死ぬほど感謝してやる。  なんとか呼吸を落ち着かせて、そっと隣を見る。すると総吾君はじっと、食い入るように私を見つめていた。思わず息が止まる。 「な、な、何?」 「先輩は結婚してないんですか?」 「けっ?! だっ……わ、私?!」 「そうですけど」 「そんな、私まだハタチそこそこで、大学生だし、家事下手だし、モテないし可愛くないし……第一相手なんて、もうずっといないし……」  うまく呂律が回らない。私は日本語を話せてるだろうか……って、うん? なんか総吾君、ニヤニヤしてない? 何か言ったっけ私…… 「彼氏いないんですか?」 「い、いない。全然いない。かの字もない」 「そうですか。生憎俺も、彼女は居ません」  あ。今ちょっと、私の中の私が喜んだ気がした。  でもその真意がまだ分からない。むちゃくちゃに暴れ狂っている心臓も、突然震えだした指先も、今すぐ泣きだしたいくらい幸せなこの気持ちも、何もかも分からない。  だって終わったんだ、中学で。告白できなかった、離ればなれになった、それでもう終わりだって。私だって大人になった。もう5年以上も前の話なのに。 「てことは俺、先輩のこと狙っても?」 「は……はぇえ?」 「また妙な返事を……ふっ、変わってませんね本当。俺が先輩のこと狙ってもいいのかって、聞いてるんです」  バカバカバカ。  総吾君のバカ。そんな目で見ないで。苦しいよ。なんだろうこの気持ち。バクバクする。ふわふわする。  アルコールのせいじゃない。私はこの気持ちを知ってる。あなたと一緒に眠ってたんだよ。消せない思い出の宝箱のずっと奥で。ガタガタ音をたてて、もうはじけそう。 「わた、わたし……」 「言いそびれた事があります。あなたはあのまま卒業してしまったから言えなかった。ずっとずっと言えなかったせいで、結局彼女なんて過去にひとりもいない。俺の青春、いい加減返してほしいんですけど」  ふと思い出す。あの日、卒業式のあと、彼は私を呼び止めたじゃないか。あのピンと張り詰めたどこか甘酸っぱい空気が恥ずかしくて、思わず逃げてしまった幼い日の私。  彼はあの時も、クールな彼には珍しく息を切らせて、頬を赤くしていた。そう、こんな風にまっすぐ、真剣な眼差しでーー 「好きでした……いや、好きです。今も。先輩のことが」  茹でダコなんて赤のうちに入らない程、私は赤いはず。そんな私を見てイタズラっぽく微笑む総吾君は、そのギャップで変わらず私をおかしくする。 好き 好き 大好き  「知ってるんでしょ?」って聞いたら「もちろん」なんて答えが返ってくる。どこまでも意地悪な彼をやっぱり好きだと思うバカな私。 【act1. 初恋の再来】 やっと回り始めた私のメリーゴーランド。 総吾君を待ってたんだね。
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