浩二も体罰教師になる

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浩二も体罰教師になる

(四)担任  そして四月になった。浩二は以前から希望していた担任を持つことになった。一年生である。  実は浩二は担任をする前に既にウルトラ右翼の反共団体に入っていたのであった。そこで組合の分会長に組合の脱退届を提出した。  「これ組合の脱退届ですけど」 山崎先生から代わった分会長が驚いた様子で言った。  「え? え? なんで?」  それから浩二と分会長の話が始まった。  「前、ストで処分を受けたでしょう。あんなの嫌なんです」  「そんなことで負けたらあかんで」  確かに新校長から処分が下ったのである。その時に新校長は浩二に言った。  「あんたは組合抜けるんやなあ」  「はい」  「それやったら一応渡しておく」  そして一枚の紙が手渡された。  「訓告」と書かれていた。  分会長との話はまだ続いた。  「ほんまに理由はそれだけか?」  「それだけです」  「ほんまか? 他に理由があるやろう?」  ここで浩二は正直に反共団体に入ったことを話した。そしてその団体の機関誌を持って来た。分会長はそれを読んで胆が潰れる程驚いた様子であった。  「何? 何? ソ連軍日本占領は近い? チベットで百万人を殺した毛沢東? 何じゃ、これは?」  「私はこれが一番正しい教えだと思って入りました」  「ふーん、でも怖ろしいなあ」  とにかく、脱退届は受理された。 *  担任の仕事は思ったよりも楽勝だった。ただ、浩二は名前を覚えることが苦手で、生徒の名前をなかなか覚えられなかった。また、この学年には明らかに浩二をいじめにかかる教師もいた。  しかし、浩二にとってそんなことはどうでもよかった。「悪魔の帝国」ソ連と共産主義を撲滅することに並々ならぬ情熱を注いでいたのだ。  そして、この頃には浩二は既に生徒に馬鹿にされる教師ではなかった。否、それどころか生徒達から怖れられていた。  ズボンの取り上げ、自転車の並進のための自転車の取り上げ、短いスカートの没収、どれもかしこも浩二が一番であった。  そんな頃、浩二はまた女性教師の見事な体罰を目撃する。  浩二は用事があって、一人の男子生徒を職員室に呼んでいた。至極普通の真面目な生徒であった。浩二は座席に座り、その男子生徒と話をしていた。浩二の横には体育の女性教師が座っていた。  その時である。女性教師が男子生徒のズボンに何かを見つけた。刺繍であった。後ろのズボンのポッケに刺繍が施されていたのだ。  女性教師が話の途中に割って入った。  「お前、その刺繍は何や?」  男子生徒がドギマギしていると思った次の瞬間、女性教師の椅子が百八十度周り、生徒にビンタを喰らわせたのである。  「しょうもないことするな!」  実に見事な体罰であった。浩二はただ呆然と眺めていた。そしてしばらくしてからその男子生徒に言った。  「このズボンは没収するから新しいズボンを穿いて見せにこい」  翌日、生徒は刺繍の入ったズボンを浩二に手渡し、刺繍も何もないズボンで登校した。                   *  その時、組合派の教師が二人、この学校へ赴任してきた。  一人は国語の教師であり、もう一人は理科の教師であった。  彼らは当然体罰には反対で、体罰をしたこともなかった。  浩二は思想に関係なく、この国語教師と仲良くなった。その理由は未だに分からない。そして二人は職員会議で右っぽい教師達と論戦を繰り広げた。  実は、かつて浩二のクラスの生徒にビンタを喰らわせた体育教師も組合員であった。この学校へ来たら生徒指導に関しては右も左もなく、体罰を行うのだ。  ところが、新しくやってきた理科教師は違った。体罰には絶対反対の意志を貫いていた。そしてことごとく浩二と対立した。彼の名は浜田といった。前任校でも組合の活動で名を馳せた男であった。一方の国語の教師は深井と言った。学生運動の出身であり、なぜか組合運動とは距離を置いていた。そして後に職員室に第二組合を作る。高教組ではなく、生粋の日教組である。  職員会議が行われた。月例の職員会議であり、緊急を要するものではなかった。そこで、浜田が突然意見を言った。  「私は遅刻した生徒を正座させるのは体罰だと思うのですが、それに一時間目の授業を受けさせないのは学習権の侵害だと思います」  突然の発言に職員会議は大混乱になった。滅多に発言しない浩二も発言した。  「浜田先生に伺います。では、先生は遅刻を減らすための新しいビジョンをお持ちですか?私は今のままが一番いい方法だと思っているのですが」  この質問に浜田は焦り、慌てたようであった。  次に挙手したのが剣道の教師であった。  「私は剣道を教えておりますが、常に『正座は日本の文化』だと言っています。その正座を体罰だと言われたら剣道なんかできません」  浜田は私の発言よりも、この教師の発言に対して明らかにいらついていた。  結局、正座は中止。遅刻者は一時間目が終わるまで会議室で勉強をすることになった。 この頃より明らかに校則は緩くなっていったのだ。  (五)再び一年生の担任へ  やがて三月になった。入試も終わり、次の校務分掌が決まる時期だ。  一年生の担任は、普通は一年↓二年↓三年と持ちあがっていくのだが、浩二はもう一度一年生の担任を持ちたいという希望を出したらすんなりと通った。そして二回目の一年生を持つことになった。  最初の担任の間、浩二は、他の教師がビンタではなく、グーで生徒を殴る場面も目撃したし、女生徒に対して殴る蹴るをやっている教師も見た。それはこの学校では何も珍しいことではなく、日常茶飯事のように繰り返されていることであった。  後から考えてみると、この学校は浩二には向いてなかった。元々は猫が死んでも泣いていたような気の弱い教師が浩二の本性だったからだ。しかし、浩二は自分に言い聞かせた。  「自分が学校に合うかではなくて、行った学校に自分を合わせるのだ」と。  入学式が終わり、生徒達がそれぞれの教室へ行って着席すると、先ず行われたのが服装検査であった。  この頃やっと短いスカートが流行りだし、それに教師達は振り回されていた。また、ルーズソックスなるものも現れ、服装の禁止項目に書かれることになった。  まあ、入学式当日から服装違反をするような馬鹿な生徒はこの学校にはいない。浩二は出席順に教壇から生徒を呼び出し、服装の違反がないかチェックし始めた。  「違反はないなあ」---と思っていたら、何と小指の爪を長く伸ばした女子がいた。生意気そうな顔をしている。教師を試そうとしているようであった。  浩二は高圧的に出た。  「君、名前は?」  「---」返答はなかった。前崎という名であることが判明した。  「その爪何や?」  「---」  「何も返事せんかったら帰してもらえると思ってるのか?家で切ってこい」  「---」  「お前は白痴か? 人間の言葉がわからんのか?」  この頃には浩二は「一人前」のこの学校の教師になっていた。口も悪くなった。  「前崎、中学校では通用したかも知れんけど、高校ではだんまりは通用せんぞ。切ってくるのか? どうや?」  「---」  「そうか、お前がそんなつもりやったらええ。お前が体育の時間に爪が割れても自己責任やからな。いや、それだけやない。その爪で誰かに怪我でもさせたらお前にみんな責任をとってもらうからな。何か返事でもしたらどうや? お前はツンボか? 聾学校へ行くか?なんでこんな学校へ来てるんや?」  浩二の口から次々と差別的な言葉が発せられた。  やがて前崎は爪を切らずに帰宅した。  学年会が開かれた。入学式後の恒例の会である。  各担任が服装違反の報告をした。入学式当日だというのに、意外と違反が多く報告された。  「早速ツータックのズボンを穿いている男子が三名いたので取り上げました」  「二組はどうですか?」  学年主任が言ったので、二組の担任だった中沢が言った。  「下着のない者が三名、ポニーテールのぼんぼりが二名、やあ、酷いもんです」  そして先生方が次々と服装違反の報告をした。  学年会はまだしばらく続いた。浩二が発言した。  「巾着袋を持ってた生徒を数名見ましたが、いいのでしょうか?」  「え?巾着袋は禁止やったの?」体育の教師が言った。  「昨年は禁止でした」  浩二が答えた。  それからしばらくしてから二年生より巾着袋を取り上げるように学年主任にお達しがあったようである。また学年会が開かれた。  「巾着が禁止なので徹底してほしいということです」  「何で巾着があかんの?」  体育の教師が不審そうに学年主任に尋ねた。  「名前が悪いんとちがう?」  女性教師が答えた。  「何でも、アメリカの星条旗が描かれているのがいかんそうや」  理科の教師が言ったので、体育教師は呆れたように答えた。  「それやったら日の丸やったらええんか? 右翼か? ○○大学か?」 結局、巾着袋はそのまま禁止になった。  その後、男子のズボンにフラップがついているのも禁止ということになった。  浩二は違反者の男子のズボンや女子のスカートを次々と没収していった。何枚のズボンを取り上げたかが教師の「勲章」になった。  「俺は十二枚取り上げた」  「俺なんかは十四枚や」  そんな自慢話をするようになった。  そんな折である。浩二は中間考査で久しぶりに二年の監督に当たり、二年二組の教室へ行った。  当時は携帯なんかなかったので、携帯を取り上げるということはなかった。しかし、試験中は鞄を前後に置くことになっていた。このクラスは組合の活動家の浜田のクラスであった。  浩二は浜田に見せつけるために体罰の種を探しまくった。先ずは鞄である。前後に置いてある鞄をくまなく探しまくった。「体罰の獲物、体罰の獲物」と心の中で繰り返しながら探した。  あった!  男子用の鞄の裏に「喧嘩上等」と白いラインマーカーで書かれていたのだ。浩二はその鞄を手に取ると教卓の下へ隠した。  チャイムが鳴った。試験終了である。答案用紙を集めると浩二は鞄を教卓の上に出し、言った。  「おい、この鞄の主、出てこい」  ツカツカと背の高い男子生徒が前へ出てきた。---と思いきや、浩二のビンタが炸裂した。  「お前は極道か! この鞄は担任に預けておくから後で取りに来い」  前の方にいた女生徒が驚いて浩二を見ていた。  浩二は鞄を浜田に渡し、「これ取り上げたので、消して持って来させて下さい」と言った。  浜田は驚いて鞄の持ち主を呼び出し、落書きを消させた。  その後、鞄の主は「すみません」と言って鞄を見せにきた。  この一件で、「あの先生怖い」という評判が瞬く間に広がった。
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