馴れ初め

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 某大学病院に勤める野上(のがみ)百合子(ゆりこ)は、所属する循環器内科の長、森林(もりばやし)教授のだと医局で噂だったが、百合子の方ではまったく教授を気に入ってはいなかった。  しかし、教授というものはあまり無下には扱えないものだ。  それで、その森林教授に言われて、百合子は今、大して親しくもない年下の同僚、桐生(きりゅう)誠志郎(せいしろう)と屋上で話をしている。 「何が不満なのよ」  つっけんどんに百合子は言う。 「不満はありませんが、教授のお嬢さんと結婚する気はありません」 「だから、それじゃ理由がわからないでしょう」  桐生には、教授の方から娘との縁談を積極的に勧めたいという意向が示されている。  つまり、彼は相当に教授から目を掛けられているということだ。  だが、桐生は(かたく)なに、この話を断るのだった。 「理由ですか。  理由は、私はしばらくしたら、故郷に帰って地元の病院に勤めようと思っているからです。  教授には申し上げたのですが」 「でも、教授はそれでもかまわないってことなんじゃないの。  知っていてこれだけ結婚を勧めてくるんだから」 「……野上先生は、どうしてそこまで教授のお(つか)いに熱心なのですか」 「は?」    「お遣い」と言われて、百合子はむっとした。 「何度もいらしてくださいますが、本当は私の縁談などご興味がないのでしょう。  迷惑だと思っていらっしゃるように見えますが」 「たしかに興味ないわよ」百合子はきっぱり言った。 「でも仕方がないじゃない。教授から、あなたを説得するよう言われているんだから。だから早く、私の肩の荷が下りるように――」 「野上先生が、教授と不倫なさっているという噂は本当ですか」  百合子はむせそうになった。
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