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「そんなわけないでしょう」
そういう噂があちこちで飛び交っていることは百合子も知っている。
しかし、直接尋ねられたのは初めてだ。
「ふつう、本人に直接言わないわよ」
「ですが、事実を知るには、ご本人にお伺いするのが一番いいのではないかと」
「私が嘘をつくかもしれないじゃない」
「嘘をついているのですか?」
「ついていません!」
事実として、森林にホテルに誘われたことは一度だけある。
だが、そのときは思わず教授の向う脛を蹴り飛ばして帰ってしまった。
それが理由で関連病院にでも異動になるかと思っていたのだが、そんな気配もない。
女性関係ではいろいろと噂の多い森林である。それくらいのことは何でもないのかもしれない。
自分が隙を見せたからだと言われれば、そうなのかもしれない。
しかし、その一事で、森林に対する、医師として、人としての信頼も裏切られてしまった気が百合子はしていた。
いっそ異動になるなら、その方が楽だと思うこともある。ばかげた噂で面白がられるのも疲れる。
それにしても、桐生までもがそんな話に興味を持っていたとは意外だ。
噂話など、意にも介さない、むしろ知らない類の人間に見えたのだが。
いささかうんざりしながら、百合子は言った。
「あなたがそんなことを知って何になるのよ」
「いえ。噂が嘘で良かった。
野上先生のような聡明な方が、不倫などに時間を費やされるのはもったいないと思っていました」
「……」
いつも仏頂面の桐生が、少し笑みを浮かべたような気がして、百合子は目をこすって彼を見る。
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