第19話 お見合いをした!

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第19話 お見合いをした!

松本部長のマンションは東横線の奥沢駅から徒歩4~5分のところと聞いていた。約束の時間の30分前には駅に着いた。 何か手土産をと考えて近くのビルの商店街へ行ってみた。ケーキ屋さんがあったので、ケーキの詰め合わせを作ってもらった。マンションの場所はすぐに確認できたので、約束の時間まで商店街を見て歩いた。 後ろ姿が菜々恵に似た女性が歩いているのに気が付いた。一瞬近づいて確かめて声をかけようと思ったが止めておいた。例え彼女だったとしてもここでかける言葉が思いつかなかった。女性は部長のマンションの方へ歩いて行った。 2時5分前に僕はマンションの入り口にいた。玄関の案内ボードに408と部屋番号を入力する。すぐに女性の声がしたので井上ですと答えると玄関扉が解錠した。エレベーターで4階へ向かう。胸がドキドキして緊張しているのが自分でも分かった。 408号室の前に着いた。松本の表札が出ている。チャイムを押すとドアが開いて、奥様と思しき人がいた。部長の奥様に間違いない。一目見て好感のもてる女性だった。 案内されて短い廊下を抜けるとリビングだった。ソファーに座っている女性が菜々恵だとすぐに分かった。服装が同じだったので、さっき見かけた女性はやはり菜々恵だった。僕の方をジッと見ていた。目が合った。 僕は軽く会釈をしたが、その時僕はどんな表情をしていただろう。笑顔を作ろうとしたが緊張してだめだった。以前のシャイな自分がいることに気付いた。 ソファーは3人掛けがひとつだけで左側に菜々恵が座っていた。僕はその横の右側に座るように案内された。正面に座るよりも菜々恵と話しやすいと思った。それに僕は横目で彼女を見ることに慣れていた。 僕は菜々恵に何と話しかけて良いか分からなかった。お見合いをすることが決まってから、ずっと会ったら何を話せば良いか考えていた。僕の今の気持ちをどう伝えたら良いか、ずっと考えていた。でももうその時は再会できた感激の気持ちが溢れて言葉がでなかった。 奥様がコーヒーを入れて二人の前に運んでくれた。僕は奥様が話始めるまで黙っていた。菜々恵も仲介の労をとっていだいた奥様が話始めるのを待っていた。 「コーヒーを召し上がって下さい。お二人はお知り合いだったのですね。田村さんは始めそのことをお話にならなくて、履歴書とお写真を見るとすぐにこの方とはお会いしたくありませんと断られそうになりました。私は主人から井上さんが田村さんを知っていてどうしてもお見合いさせてほしいと言っているから説得してほしいと頼まれていました」 「井上君は最初お見合いなんてする気がなさそうだったが、お見合いの相手が田村さんだと分かった時の驚き様と、知っている人だからどうしてもお見合いさせてほしいと家内に頼んでくれと必死だったのには驚いたけどね。よっぽど田村さんが好きなのだと思った」 「主人からそう言われていたので、田村さんに確認したの。知っている人だから会いたくないのって。そうしたら田村さんが驚いて、井上さんを知っていることを認めてくれました。もしかしてストーカーでいやな思い出でもあるのって聞いたら、田村さんは首を振って楽しかった二人の思い出を大切にしたいからですと話してくれました」 「ここに来てもらうように説得するのには随分骨が折れたみたいだ」 「私もそれならなぜこの話をお受けしないのと聞いたの。そうしたら井上さんと別れた訳を話してくれました」 菜々恵はじっと下を向いている。泣いているみたいだった。 「田村さんは何時がんが再発するか分からないし、それに抗がん剤の影響で赤ちゃんができないかもしれないので、井上さんを不幸にしてしまうと、それで井上さんとは結婚できないと別れたそうよ」 やはりそうだったのか。菜々恵らしい身の引き方だ。 「私は井上さんの気持ちを確かめたのか聞いたけど、そんなこと聞ける訳がない。彼を苦しめるだけだと言いました。それなら直接本人に会って確かめなさい。彼の幸せを考えて身を引くほど好きなのでしょうと言いました。田村さんは泣いていました」 菜々恵は下を向いた切り、顔を上げようとしない。 「田村さんは私が乳がんの手術をして抗がん剤の治療の最中に気弱になっていたところをあきらめないで毎日毎日を精一杯生きていればそれでいいと励ましてくれました。私もそうだったからとご自身の経験も話してくれました。でもご自分はこの先を毎日毎日精一杯生きていけないのかと聞き正しました。ご自分も同じではないかと。それに手術してから5年も経っているし、生理も規則正しくなってきたそうだから、もういいころじゃないと言って。それでようやく井上さんとのお見合いの同意を取り付けました。これで良いのですね。井上さん」 「奥様、大変なお骨折りありがとうございました。田村さんとは中学3年生の時に同じクラスになってそれ以来の間柄です。今思うと僕にとっては初恋の人です。それ以来付かず離れずで付き合っていましたが、彼女にがんが見つかってからはより親密になりました。相思相愛だった、そうだよね」 菜々恵は顔を上げて頷いた。 「僕は田村さんが好きでした。居なくなってそれが良く分かった。手術をしたあと、別れると言うメールが来てから消息が分からなくなって、もう5年が経ちました。部長からお見合いの話があって。もしやと思ってお相手の履歴書をいただいたら、彼女でした。その時は神様のお引き合わせだと身震いしました」 「そうだね。あの時の井上君の様子は今でも覚えている」 「僕は今日ここへ田村さんに正式に結婚を前提にしたお付き合いをお願いしようと参りました」 「田村さんはどうなの? 井上君はああ言っているけど」 「もう少し話し合ってからお答えしようと思っています」 「そうか。じゃあ、これから二人でじっくり話し合ってくれ。私たちの役目はここまでだ」 「そうね、これからどこか別のところで、二人でゆっくりお話ししたらいいわ。でもね、田村さんにこれだけは言っておきたいことがあります。くれぐれも後悔しないようにしてくださいね。せっかく神様がもう一度お引き合わせて下さった、そういうことだから。分かりましたね。そうですよね、あなた」 「ああ、僕たちも実は同じようなことがあった。今の会社で家内と付き合い出したけど、家内はそのとき契約社員だった。僕との立場の違いから引け目を感じていたところに、それをねたんだ同僚からいじめられて会社を辞めて行方知れずになった。2年ほどして異動があって、僕が関連会社に出向したら、部下に家内が配属されてきたんだ。僕も驚いたが家内はもっと驚いていた。これは神様のお引き合わせだと。それから間もなく僕たちは結婚した。ご縁は大事にしないといけない。分かったね」 「ありがとうございます。良いお話を聞かせていただきました。それでは僕たちはこれでお暇いたします。本日はお休みのところ、二人のために貴重なお時間を割いていただいてありがとうございました」 菜々恵は黙って、奥様に深々と頭を下げて、僕の後ろからついて来た。
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