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第9話 2次会のカラオケに行った!
「2次会の会場は決めてある」と菜々恵が言うので、ついて行くと、近くのビルの3階へ案内された。そこも菜々恵の短大時代の友人の開いているスナックだという。
ドアを開けて中に入ると、カウンタ―とボックス席の極ありふれたスナックだった。ここも菜々恵がすでに予約してあったらしく、すぐにママが席に案内してくれた。
今度は止まり木に二人並んで座った。この方が話しやすい。すぐにウイスキーの水割りとつまみが出された。
「何度か来ているの?」
「仕事の帰りに時々一人で寄っていました。なじみというほどではありませんが、ここなら一人でも安心なので」
「歌は歌うの?」
「流行りの歌を練習しています」
「へー」
「どんな歌を歌うの?」
「ちょっと前なら、レモン、今なら香水」
「香水なら僕も歌える」
「へー、歌ってみて」
そういうと、ママに曲をリクエストしてくれた。すぐに曲がかかる。ほかに客が4人ばかりいるがもう歌っておらず、話し込んでいる。
僕は音感が良い方で好きな曲は何回か聞いて練習するとすぐに歌えるようになる。だからカラオケは好きな方だ。一度カラオケの講習に行ったことがある。要するに抑揚をつけてサビを強調して歌うことと、その歌の世界に入って歌うことがポイントだと教わった。
曲に合わせて菜々恵を横目で見つめながら歌いたいように歌った。そういえばあのころよく横目で隣の菜々恵を見ていた。歌いながら思い出していた。
菜々恵はしっかり聞いてくれた。終わったら長い間拍手をしてくれた。その次に「私も歌う」と同じ『香水』をリクエストした。
菜々恵が歌い出した。返歌というべきオリジナルの歌詞だった。そういえばあの歌はどこか僕たち二人にも通じる部分がある。離れ離れになっていた二人が3年ぶりにまた会っている。そしてあのころを思い出している。あのころにはもう戻れない。彼女の歌詞はそんな内容だった。前もって考えていたかのように、菜々恵はうまく歌った。
『突然、あんなところで会うなんてどうしたのかしら、もう3年は会っていなかった。あのころ私たちには時間があった。でも今の私にはもう時間がない。別に君を求めてないけど横にいるとあのころを思い出す。今更君に会って何を言えばいいの? 今の私は空っぽで、涙も出なくなった。二人の楽しかった日々を思い出すけど、もう戻れない。別に君を求めてないけど横にいるとあの頃を思い出す。別に君を求めてないけど、また好きになるくらい君は素敵な人だけど、また同じことの繰り返してって私がふられるんだ』
こんな内容の歌詞だったと思う。
歌い終わって、菜々恵はマイクをママに返した。歌詞が胸に突き刺さって拍手するのを忘れていた。
「歌詞のようにあのころを思い出していた。でも聞いていて悲しくなった」
「ごめんなさい。私はあの頃が懐かしくて。でももう私にはこれからの時間がないのよ」
「今があると言っていたじゃないか?」
「今はあるけど明日はないかもしれない。明日の朝に死んでいるかもしれない」
「そんな悲観的にならなくても」
「私には思い出はある。今もあるけど、その先がないのよ」
「じゃあ、その思い出を僕に聞かせてくれないか」
「そうね、3年前の話を聞いてもらえますか?」
「ああ」
「3年前お見合いをしたんです。勤務先でお世話になっている方の紹介でした。そんなに悪い方でもなく断る理由もなかったので交際して、3か月後に結納をして婚約しました」
「破談になったと聞いたけど、お見合いがあると言う話を聞いた時に、親身になって相談に乗ってあげられなかったことは今でも後悔している」
「すべて私の責任です。私の心構えに問題があったのだと思っています」
「婚約してから彼の部屋に行ったときに求められました。突然抱き締められて、その時咄嗟に思ったのです。この人とはできないと。すぐに拒んで帰りました。それから私の方から破談にしてほしいとお願いしました」
「その人のことが好きになれなかったということか? 婚約までしたのに」
「私にも良く分かりませんでした。でもその時この人とはだめだと思ったのです」
「それで」
「勤務先のホテルでお世話になった人に申し訳なくて、そこを退職しました。そして今の病院へ勤めることにしたのです。そのことがあってから同窓会にも出る気になれず、同窓生とは音信を絶っていました。このごろ、ようやく友人とも連絡を取るようになりました。病気が分かってからは、開き直ったというか、もう何も気にしないことにしました」
「学生のころの友人は良いね。何年経っても変わらない。そのときのまま性格も変わっていない。お互い少し大人になっただけだ」
「あなたも変わらないわね」
「君も変わっていない」
話が途切れた。菜々恵は僕を横目で見ている。目が合うと僕の方が目を外す。ドギマギしてしまうような憂いのある眼差しだった。
「もうこんな時間になっている。ほどほどで引き上げないと身体にさわるから」
「まだ、大丈夫です」
「でも、心配だから、引きあげよう」
「じゃあ、そうします」
支払をすませると二人はスナックを出た。廊下で菜々恵がよろけるので手を貸すと腕を組んで寄り掛かってきた。そのままエレベーターに乗って1階まで降りて外へ出た。まだ、外は蒸し暑さが残っている。菜々恵はタクシーで帰ると言っている。
駅前のタクシー乗り場の方へ歩いていく。今僕が菜々恵を僕の部屋に誘ったら彼女はどう言うだろう。付いて来てくれるだろうか? なぜか一瞬そんな考えが頭をよぎった。でも僕はお酒が醒めてきてもうシャイな僕に戻りかけていた。
菜々恵はそれを期待していた? そうかもしれない。タクシーに彼女を乗せるとき、僕を恨めしそうな目をして見つめた。誘ってくれないの? と言いたかったのかもしれない。別れ際に彼女は僕にこう告げた。
「同窓会の幹事に戻ったの。近々同窓会をするから出席してね」
「分かった。必ず出席するよ。それまで元気でいてね」
タクシーが出て行った。彼女は前向きに精一杯生きようとしている。そう思った。
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