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「よく調べているな」
「ウェスタンヒッツの歴史についての文献を読みました。といっても、文献の数自体、そう多くはありませんでしたが」
森の恵みと守り神との関連性をケイクがどこまで信じているのかは分からなかったが、敢えてであろう。文献に記された歴史が示す論理の穴には触れられないまま、会話が進められていく。
「私は魔法学という分野を研究しており、この、恵みを象徴する守り神という存在に強く惹かれました。叶うならば実物をこの目で確かめたいですし、欲を言えばその正体に迫りたい」
ケイクとジュノのやり取りを耳にしながら、手持無沙汰に視線を落とす。白いカップの中では琥珀色がたゆたっている。
ふむ、と呟く声に顔を上げると、ジュノはごわついた顎髭を手で撫でつけていた。
「守り神様はウェスタンヒッツの始まりであり、中心であり、森の恵みの象徴でもある。我々にとっては特別な存在だ。そうおいそれとよそ者に見せる訳にはいかないし、ましてや守り神様を暴くなどとても許容できるものではない」
カップを手に取り口元に運ぶと、柑橘の木の匂いがした。口をつけようとして、ふと、ジュノの背後にある窓からの気配に気付く。気付いた瞬間、気配の主達は慌てた様子でサッと窓の外に身を隠してしまった。一瞬しか見えなかったが、どうやらこの村の子供達はかなり好奇心旺盛らしい。
「突然現れたよそ者に、村全体で大事にしているものを見せる訳にはいかない。当然の主張だと思います」
「ならば」
「だから私は、まずあなた方のことをもっと知りたいのです。守り神様の恵みや、あなた方の生き方を。そうでなければあなた方が大事にしている守り神様に近付く資格がない」
まっすぐに語られたケイクの主張に、ジュノは沈黙した。
炊事場から微かに聞こえてくる煮炊きの音を背景にして、紅茶に口をつける。飲み込んだ瞬間に、強めの渋味が鼻から抜ける。
「この村に宿はありますか。宿でなくても、雨風が凌げる場所ならどこでもいいです。しばらくの間の滞在をお許しいただきたいのですが」
沈黙を守るジュノに、ケイクが更に距離を詰めていく。ジュノは目を閉じ、眉間に深い皺を刻んでいた。やがて長い溜息と共に、ゆっくりとまぶたが開かれる。
「二階に空き部屋があるから、とりあえず今日のところはここに泊まっていくといい。ユラ、夕食には薄焼きパンと干し肉を足してくれ」
後半の言葉を炊事場に向けて発しながら、ジュノは重そうに腰を上げた。ここまで張りつめていたケイクの表情がようやく緩む。
「ありがとうございます」
ケイクと共に立ち上がり、深々と頭を下げる。前進、とは言い難いが、ひとまずは希望をつないだと見ていいだろう。
ジュノに促され、重たい荷物を再び抱える。この村で唯一の階段は、都市部に住むこちらの目から見ると少し急な作りになっていた。先に立つジュノ、そしてケイクに続いて階段を上る。バランスを取り損ねると一気に下まで転げ落ちてしまいそうな上り階段は、この先の未来を暗示しているように思えた。
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