3.森と共に生きる民

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「世界的発見だろうが若造の興味本位だろうが、こっちの事情はあの人達には関係がないんだよ。ましてや世界が、なんて言い出したら、それは正しさの押しつけになってしまう」  ケイクは立ち上がりながらノートを小さな木製のテーブルに置いた。眼鏡も外して折りたたみ、ケースにしまってからノートと一緒にまとめて置く。 「正しさの押しつけ、か」 「そ。主張は押しつけ合うもんじゃない。おれ達の方から歩み寄るんだよ、まずは」  言いながらケイクは部屋に一つしかない窓に向かった。つっかいを外して朝の光を遮断しようとする直前、思い直したように顔を窓の下に突き出す。 「あ、ユラさん、洗濯ですかっ? お手伝いさせてください、今、下に行きますんで!」  ケイクはこの村に、ウェスタンヒッツに溶け込む努力を惜しまなかった。  そしてその努力は、小さなものではあるが着実に実を結びつつある。眼下に向けて声を掛けるケイクの背中を眺めながら感嘆の息を漏らす。  窓を閉めて戻ってきたケイクは行きがけにぽんとこちらの肩を叩いてきた。 「ルシオン、護衛任務をお願いしたのがお前で本当によかったよ。今日も一日、別行動でよろしく頼むぞ」  ケイクの後を追いかけて、例の急な階段を下りる。 「分かったよ。今日の夕食は」 「肉だな。そろそろ肉が食べたい。干してない、生の肉を焼いたやつ」 「努力するよ」  階下に降りるとジュノの姿は既になかった。ジュノはいつも朝早くから村はずれの畑に出掛けて行ってしまう。外に出るとすぐにケイクはユラを追って、家の裏手に回っていった。一人になり、ふう、と一息ついてから村の東側に向かって歩き出す。  淡い朝の光は村全体を包み込むように、柔らかく降り注いでいた。眩しさに目を細めながら、活動を始めた村を見渡して歩く。ジュノの様に畑に向かう人や釣り竿を背負って沢の方向に向かう男性もいたが、時間帯的なものか洗濯物を抱えて歩く女性が多かった。 「おはよう、騎士様」 「おはようございます」  近くをすれ違う住人達と挨拶を交わす。些細なことだが、ウェスタンヒッツに着いた初日を思えばこれも大きな進歩だった。 「今日もケイク君は一緒じゃないの?」 「ケイクはユラさんと一緒に洗濯に行きましたよ」 「はぁ、いいわねえ、うちの旦那もケイク君くらい気が回る人ならよかったのに」  山のような洗濯物を抱えた女性が、物憂げに溜め息をつく。 「騎士様もね、奥さんや彼女は大切にしなきゃだめよ。まだ若いからピンと来ないかもしれないけれど」 「心得ておきます」  奥さんどころか恋人がいた試しすらないのだから、ピンと来ないだろうという彼女の指摘は正しかった。苦笑するしかないこちらを置いて、彼女は沢の下流に向かう。
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