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「あれ、もしかして知らなかったのか。ルシオンとケイクさんが今泊まってる部屋は村長の息子達が使ってたんだよ。二人とも、何年か前に村を出ていっちゃったけどな」
あの家にベッドつきの部屋が二つもあった理由に、ようやく合点がいく。
来客用と考えればそれまでだが、ジュノとユラ、二人の年齢や村長という立場からして、あの大きな家に二人暮らしというのはおかしいと思っていた。
「この村の人達は森の外とつながる気がないものとばかり思っていたけれど、村から出ていく人もいるんだな」
「そりゃあそうだろ。この村はいいところだけど、退屈だしな。まー年寄りはそういうことあんま考えないみたいだけど」
剥き出しの部分が多かった土が、徐々に草地に覆われていく。閉ざして守る意思と、変化の中に飛び出そうとする意思。重なる枝葉がまだらの影を作る中、ランディは頭の後ろで手を組んだ。
「それよりも今夜のこと、ちゃんと考えといてくれよな。あとでまた答え聞くからさ」
その言葉によって、狩りの始まりを告げられる。
先導するランディに合わせて、歩く速度を落とす。ランディは腰に差していたブーメランを手に取り、注意深く辺りを見回しながら森の中を進んでいった。
ランディが声を介さず、仕草で制止をかけた時も、一体どこに獲物が潜んでいるのか全く分からなかった。音も立てずにブーメランが投げられて、初めて生い茂る枝葉の影に小鳥の群れが隠れていたことを知る。自分達の居場所に突然異物を投げ込まれた小鳥達は大半が盛大な音を立てて飛び立ってしまうが、運が良ければそのうちの一羽か二羽が落ちてくる。ランディによれば多くの場合、ブーメランが直撃したかどうかは関係なく、驚いて気絶した鳥が落ちてくるらしかった。
「さすがに手際がいいな」
「だろ? ブーメランは得意なんだ。獲物の処理も、小さい時から手伝わされてるしな」
鳥を狙った狩りを何度か繰り返し、落ちてきた鳥の足を縄で縛ってつないでいく。ウェスタンヒッツの子供達は、生活や遊びの中で生きるすべを身につけていくのだろう。
鳥以外の狩りの対象としては、野兎がいた。たまたま一匹だけ捕らえることができたが、本来は罠を仕掛けて捕るのが一般的らしい。鹿も見かけたが、さすがにブーメランと短剣で狩るのは難しいということで今回は見送った。武器だけでいえば長剣もあるのだが、知識ゼロの状態で野生動物に挑む勇気は持ち合わせていなかった。
「さぁーて、そろそろ戻るか。腹も減ったしな」
木々の合間から見える日は、大分高い位置に昇っていた。帰路の道しるべを持つランディから、鳥と兎を縛った縄を預かり受ける。連なる小動物の重みを肩に感じながら、陽光を反射して光る糸を辿って歩く。
狩りの最中はすっかり忘れていたランディのお願いを思い出す。
まだ見ぬ世界の存在に思いを馳せる気持ちは分かる。若いランディなら尚更その気持ちは強いのだろう。
だが同時に、まだ見ぬ世界に子供を奪われたジュノとユラの気持ちも想像してしまう。ウェスタンヒッツの住人にとって、自分とケイクの存在は分水嶺なのかもしれない。そんなことを考える。
だが自分もケイクも他人にとっての分水嶺である前に、目的を持った一人の人間だった。ランディのお願いについては、村に戻る前に結論を出さなければならなかった。
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