序章 1.魔法学者のフィールドワーク

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「まぁおれも院に進んだ時は、こんな風に外で活動するようになるなんて想像もしなかったよ」  苔の絨毯についた自分の足跡が気になるのか、ケイクはちらちらと足元を振り返っていた。森が育んだ絨毯はブーツの底面を呑み込むほどには厚い。  歩きながら顎に手を当て、視線を上向ける。魔法学を志す人間が護衛を連れてまでこんな辺境の森を歩かなければならない理由を考えてみる。 「この森の奥で生活している人たちが実は魔法使いだった、なんて可能性でも出てきたのか?」 「まさか」  ケイクは地面から弓なりに突き出た木の根をまたぎ、自嘲気味に肩を竦めた。 「そんな分かりやすい事実があれば、他の魔法学者ももっと外に目を向けるんだろうけどな」  原則として、人は意思力で自身のエーギルを振動させることができる。だが実際に人が魔法と呼ばれる行為を実現することはできない。何故か。他の物質に含まれるエーギルの共振を誘うには、人間の持つエーギルの総量があまりにも少ないからだ。  机上の空論。魔法学が世間一般に与えている印象を、ケイクは誰よりも理解しているように思えた。 「じゃあなんでまたウェスタンヒッツに伝わる守り神の調査なんか。まさか神様なら魔法も使えるだろう、なんて言い出すんじゃないだろうな」  ケイク直筆の依頼書に書かれていた題目を思い返し、嘆息する。  ウェスタンヒッツと呼ばれるこの森林地帯には、昔ながらの生活を守る民族が暮らしている。彼らの民族名から森の名がついたのか、森の名前から便宜的にそう呼ばれているのかは定かではないが、ともかくウェスタンヒッツの民という人々がいて、彼らは守り神と呼ばれる独自の神様を祀っているのだという。 「もし、そうだと言ったらどうする?」  ケイクは手で合図してこちらの足を止めると、自分も立ち止まりズボンのポケットからコンパスを取り出した。次いでウエストポーチから地図を取り出す。目印のない森の中で正確な方角を確認するためだろう。 「いやぁ……ないな。それはない。もしそうだとしても、神様なんて曖昧なものを曖昧なまま根拠にしたりはしないだろ、お前は」  地図とコンパスに目を落としたまま、ケイクの口元が緩む。 「おれの事をよく分かってくれていて感動するよ」 「優秀な院生って自分で言ったんだろ」  ケイクは地図とコンパスをしまい、今度は親指の先ほどの球体と小瓶を取り出した。小瓶の中には更に小さな種が無数に入っている。
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