序章 1.魔法学者のフィールドワーク

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「なあルシオン、だいぶ前の話だけど、全ての生物はオーバムから進化したものである、みたいなトンデモ学説あったよな。生物学部にいた時、話のネタに教えてくれたやつ」 「ああ、あったな、そんなの」 「真偽はともかく、おれはああいうの、わりと好きなんだよな」  ケイクは小瓶の蓋を開けて、代わりに球体で小瓶の口を塞いだ。指で口の部分を抑えたまま一度小瓶をひっくり返す。  受精反応はすぐに始まった。ケイクは既に球体から形を変えつつあるオーバムを左手に移し、小瓶は蓋をしてまたウエストポーチにしまった。オーバムの硬質の外殻は砕けることなく、内部の変質に押し広げられていく。  対となる種、スパーマトゾオンを受精させることで種類に応じた恩恵を得られるオーバムは、石油燃料などと同じように採掘される地下資源……ということになっていた。オーバムの活用範囲は日用品から通信手段、王国騎士団の装備まで多岐に渡っているが、その正確な正体はいまだ不明なままだった。 「なんだっけ、トンデモ学説の元になった発見。人間がまだオーバムだった頃の名残みたいな器官を、体内に持っている人がいるとかなんとか……」 「子母体?」 「そう、それだ、多分。万人に一人くらいだとしても、実際にそういう人間がいるんだろう?」  顎に手を当て、もう随分と使っていない思考の引き出しを開ける。 「子母体って……オーバム態小器官を持っている以外は、特別な能力があるわけでもない普通の人間だしな。そもそも人間以外の生物からはそういう器官が発見されていない時点で……」  真面目に考察しかけて、途中で口を閉じる。ケイクは笑いながら首を横に振っていた。 「別にその生物皆オーバム説を信じてる訳じゃないんだ。ただ、生物学的見地からも人間とオーバムはつながり得る、って可能性を知れたのが嬉しかったってだけでさ」  受精前は白いだけの球体だったオーバムは、ケイクの掌の上で赤錆色に変色し、最終的には二つに分裂していた。ケイクは二つのうち一つをレッグポーチに差した試験管に入れ、もう一つを手近な木の幹に叩きつけた。地味な音と共に破裂したオーバムの片割れが、蔦が這う木の幹に絵の具の様な濃い赤錆色の染みをつける。 「人とオーバムにつながりがある、かもしれない。そのことと、今回の守り神の調査にいったいなんの関係が」 「おれはウェスタンヒッツの彼らが守り神と呼んでいるものの正体が、マザーエッグなんじゃないかと踏んでいる」  唐突に切り出された、確信に迫る仮説に息を呑む。  ケイクはこちらの様子など気に留めた風もなく歩みを再開した。慌ててケイクの後を追う。
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