2.ウェスタンヒッツ

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2.ウェスタンヒッツ

 試験管内のマーカー・オーバムの数が五つを超え、森を染め上げる夕焼け色に焦り出した頃、目的地はようやくその姿を現した。気をつけていなければすぐそばを通っても気付かずに通り過ぎていたかもしれない。それほど森に溶け込むようにひっそりと、その集落は存在していた。 「本当にあるんだな、こんなところに集落が」  荷物がのしかかる肩と足腰に軋みを感じながら、木々の間から覗くいくつかの丸太小屋を感慨深く見通す。 「いや、あってよかったよ本当に。こんな森の奥まで来て迷子なんてぞっとしないからな」  けちらずに現地ガイドを雇えばよかった、とぼやきながら、ケイクは疲労と安堵の入り混じった溜め息をついた。最悪、道に迷ってしまった場合に備えてのマーカー・オーバムだ。森に記された片割れと引き合う力を持つそれを一つずつ辿っていけば確実に帰路にはつける。そう分かっていても、この見通しのつかない森の中で長時間歩き続けるのは精神的にかなりの負担だった。 「どうするんだ、村に入ったら」 「とりあえずこちらの目的を話して、どこかの家に泊めさせてもらえるか交渉だな。これだけ外界との交流が困難な場所だと、宿ってもの自体がないかもしれない」  集落に近付いていくにつれ、視界に収まる丸太小屋の数は増えていった。草地の代わりに土肌の露出が増え、空間が開けていく。どこかで夕食の準備をしているのだろう。肉と野菜を炊く匂いが漂ってきて空腹を刺激する。  森との境界線があいまいではあるが、確かにそこは人々が生活する村だった。数珠つなぎで軒下に吊るされた橙色の果実。村内に点在する樹木の間に張られたロープに、取り込み忘れの洗濯物。竿とびくが丸太小屋に立てかけられているということは近くに沢があるのかもしれない。  井戸の近くには、人がいた。桶を傍らに置いた女性が四人、水汲みの順番を待ちながらおしゃべりをしている。彼女達は皆、自分やケイクが着ているような縫製されたものとは違う、人の手で動物の皮から切り出したと思われる民族衣装を身につけていた。
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