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「さて」
初老の男性は仕切り直すように言葉を発し、組んだ指の上に顎を乗せた。それを合図にしたかのように、先ほど見えた間仕切りの奥から盆を手にした初老の女性が現れる。
「私はこの村をまとめているジュノという者だ。こちらは妻のユラ」
ユラと紹介された白髪の女性は穏やかな微笑を浮かべながら、テーブルに三人分の紅茶を並べてくれた。自分の役割を果たすと、彼女はすぐに炊事場に戻っていく。
「先ほど、今回は、とおっしゃっていましたが」
ユラの姿が再び間仕切りの奥に消えたのを横目で見計らってから、ケイクが口を開く。
「稀にね、あるんだよ。数年か、十数年に一回くらいかな。君の様な学者がこの村に来る。地質を調べたり、我々の食文化を知りたがったり、色々だ」
ケイクが今回の仮説調査に至ったのは当然、その元になった情報源があるからだ。だが改めて先駆者の存在を知ることで、幾分かは緊張の糸がほぐれる。
「君は我々が祀っている守り神様に興味があると言ったが」
ジュノは率直に本題に入った。
ケイクは僅かに顎を引いた。探りを入れるような上目遣いでジュノの問いに応じる。
「……百三十年ほど前の戦乱期、まだアーサーレオという国がなかった時代に、戦火から逃れるため集団で森に入った人々がいた。着の身着のまま、方角も分からぬままに森の中を彷徨い歩き、疲弊しきった彼らの前にその恵みは現れた。そこには空腹を満たすための果実があり、のどを潤す沢があり、その中心に、守り神様がいた」
軽く眉を上げる程度のものだったが、ケイクの口上を聞いたジュノが初めて表情らしい表情を見せる。
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