序章 1.魔法学者のフィールドワーク

1/5
55人が本棚に入れています
本棚に追加
/527ページ

序章 1.魔法学者のフィールドワーク

 可視化された光の中を歩くたび、靴底が草を食む感触がした。  土を覆い隠すだけでは飽き足らず大木の根元から這い登る蔦に、倒木の苔。鼻孔一杯に入り込んでくる野生の青臭さにむせそうになる。  旧友であるケイク=ルーベンスから名指しで依頼があったのは十日ほど前の出来事だった。互いに大荷物を背負って、約二年ぶりの再会を果たしてからまだ半刻も経っていない。短く切った焦げ茶色の頭髪も、一歩前を行く歩幅の広い歩みも、昔と少しも変わっていない。  綺麗に整えられた濃い眉に、通った鼻筋。肩越しにこちらを振り返った嫉妬したくなるほどの造形は、最後の記憶よりほんの少し深みを増していた。 「悪いな、急がせて。場所が場所だけにさ、出来るだけ早く目的地に着いておきたいんだ」  繁茂の構成を複雑に浮き上がらせる木漏れ日は神秘的だが、昏い森を照らす照明としては心許ない。日が少しでも傾けば視界は急激に狭まるだろう。 「さて、落ち着いたところで、だ。ルシオン、何から話す?」  歩きながら話そう、と提案してきた張本人は良い頃合いだと思ったのか、お預けにしていた会話を切り出してきた。 「そうだな、一体いつからお前は文化人類学に転向したのか、とかかな」  こちらの意図が伝わったか、ケイクは声を上げて笑った。  幼少の頃からの付き合いだ。ケイクが学部時代からの専攻を変えるなどとは思っていないし、ケイクも本気で質問されているとは思っていないだろう。 「まぁ確かに、魔法学はフィールドワークと一番縁遠い学問かもしれないな」  再会が久し振りなら、魔法学という単語に触れるのも久し振りだった。  万物に含まれる共振エネルギー、エーギルを基準に展開する魔法学の基本原理を思い出す。人は自分の意思で、自身が持つエーギルを振動させることが出来る。らしい。エーギルの振動は他の物質に含まれるエーギルの共振を誘い、共振したエーギルを含む物質は操ることができる。これが俗に言う“魔法”というものの正体だ。学生時代に聞きかじった知識を思い返していると、いつの間にかケイクが歩調を緩め、互いの顔が見える位置に来ていた。
/527ページ

最初のコメントを投稿しよう!