第三部

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第三部

カピ丸は、まっすぐ「部屋」へ帰るつもりでしたが、どうしてもダウニィのことが頭から離れず、立ち止まっていました。 自分が組織を抜けたせいでダウニィが村八分にされてああいう状態になったのは事実でしょう。しかし、自分が尊敬していたアイツはそんなヤワな奴ではなかったはずです。カピ丸の中では、申し訳ないという気持ちより、ショックの方が大きかったのです。 咲良は、やはりいてもたってもいられず、部屋の中を右往左往していました。 すると、テーブルの上で垂れ下がっていたイチモツが、ゆっくりと睾丸を左右に動かしながら咲良に近付いていきます。 「ディランちゃんが遊びで作ったサーフボードがあるけど、あんなものじゃとても‥やっぱりカピ丸が戻ってくるまで待つべき?‥」 ひとり悩んでいる咲良の足の指を、生暖かいモノが突つきます。見ると、イチモツが見上げていました。またも嫌な予感がした咲良は、サッと足を避けて2、3歩後ずさりし、怪訝な顔でイチモツを見つめていると、イチモツが陰茎を右へ折り曲げて、くいっくいっ!っと、まるで右の方角へ行け、というようなジェスチャーをしてくるのです。 「なに?ソッチに行けってこと?何かあるの?」 イチモツは咲良が理解したと判断したのかしてないのか、その右の方角へ睾丸を動かして移動し始めました。半端ない怪しさを感じながらも、咲良もとりあえずあとをついて行くことにしました。そしてキッチンにまで行くと、床下収納を開けろというジェスチャーをしてきます。不審に思いながら開けてみると、中はぐるりと六畳ほどの囲いになっており、下は海面、その中にちょうど収まるように、水上バイクが置かれていました。 「‥コレって‥すごい!あんたやるじゃん!これならディランちゃんを追いかけられるよ!」 咲良が急いで下へ降りようとすると、 バタンと床下収納のフタを閉めてしまったイチモツが、そのフタの上にどっしり乗って動かない構えを見せました。 「どういうつもり?」 咲良はイラッとしました。 「そこどいてよ、その為に案内してくれたんでしょ?」 イチモツは頑として動きません。 「アンタまさか‥、」 イチモツがむくむくと勃ち上がっていきます。 「‥最低‥」 咲良は、極めて重厚な軽蔑を含んだ、冷酷な眼差しでイチモツを見下しました。 イチモツは、まるで目の前でエサをお預けされている犬が、目をまん丸にしながらヨダレを垂らしているかのように、じっとりとした汗をかき、ドクリドクリと脈打ちながら、今か今かと期待を膨らませています。 咲良にとって、背に腹はかえられないとは、まさにこの事でした。 「‥一回、挿れるだけ‥それで終わり。もし動かしたら八つ裂きにするから‥」 イチモツは陰茎をバシン!バシン!と何度も勢いよく床に打ちつけて、了解の意を示します。 結局、イチモツはいっさい約束を守らずに動きまくり、37回も射精し、咲良は58回もイカされました。ちなみに射精はすべて体外でのみなされました。 ディランが半魚人について、やって来た場所は、半魚人の住処でした。海の上にポコンと突き出た岩に人がひとり通れるぐらいの穴が空いています。そこに入っていき、薄暗くてジメジメした通路を抜けると、まるで地下の要塞のようになっていました。そのフロアのあちこちには、ホルマリン漬けにされた多種多様な生物が、大小さまざまなカプセルに入れられています。 そして、一番奥にあったひときわ大きいカプセルの中に、あの大ダコがプカプカと浮いていました。 「これはどういうことや?」 予想外の状況に、ディランの不審感が高まります。 「ニュビビビビィ!ご覧の通りでございます。まさにコレが、この海域の主、大ダコにございましてございます」 「いや、死んどるやんけ」 「そうでございます!まさに!わたくしめが!この手で!仕留めたのでございます!まことにありがとうございます!賞賛の眼差しが嫌というほど伝わって参りますので、わたくしと致しましても、恐縮させていただくばかりでございます!」 ヨダレを垂れ流して歓喜する半魚人。 「もちろん後悔のないように申し上げさせて頂きますが、大ダコに寿命が近付いていた事は事実であり、わたくしが遭遇した際には、すでに老衰により意識も混濁している状態で、おそらくワタクシが目の前に立っている事さえも理解していないという無様な醜態でありましたことは残機に耐えない事でありましたが、事実、大ダコの息の根を止めて取り出したのはワタクシというのはなんぴとも変えようがない確定事項でありまして、故にワタクシは主を討ち取った者として、新たな主と成り得たのでございます!」 「いや、だから死んでたらアカンやん。誰がイライジャ元に戻すん。なにしてくれてんねんお前」 突然、ディランの目が妖しく光りだします。 「そう!それでございます!その目!ようやくご自身の事がご自身でお分かりになられたのですね!そう!何を隠そう貴方様は、この大ダコの御息女であり、この海域の正当な継承者なので御座います!」 ヨダレを垂らして気持ちの悪いダンスを踊って喜びを表現する半魚人。 「は?なに言ってんの?意味わからんこと抜かすなよ」 ディランの目の光がどんどん妖しくなっていきます。 「こもっとも!至極ごもっとも!貴方様のようなお美しい美少女が、あのようなエグたらしい大ダコの御息女などと、いったい誰が信じられるでありましょうか、しかし!現に!まさに!その妖しく光る眼光が何よりの証拠でもございます!おそらく覚醒の初動状態、もうしばらくしますと、いずれあの大ダコの様な御姿に成られまして!したらば今までの全ての記憶は消え、この海域を統べる圧倒的な力を備えた、真の主として君臨されることでしょう!いやはや摩訶不思議!」 ディランは全身から恐ろしい力が湧き上がってくるのを感じていた。信じたくない。そんなのウソだ。私は人間だ。記憶を失う?皆んなのことを忘れる?嫌だ!嫌だ!! 「ニュビビビビィ!分かります、おっしゃらずとも!お仲間様との濃厚な思い出の数々、決して忘れてはなりませぬ!いえ、ワタクシがさせるものですか!で、あるからしまして!ワタクシが貴方様を討ち取ることによりまして、改めて!ワタクシめが正真正銘の主となりまして!貴方様は重責から逃れられる上に!その人間としての御姿とご記憶を保たれたまま!ワタクシめのコレクションのひとつとしてホルマリン漬けにさせていただきますので!なにも!一切!ご心配は御無用なのでございます!では、ご無礼、失礼つかまつりますです」 半魚人は、右手の爪をサクッとディランの胸に差し入れて、心臓を取り出した。 妖しい目の光が消えて、意識を失い倒れ込むディラン。 「ニュビビビビィ!万事、完了でございます」 ニヤリと笑う半魚人。 ダウニィは海底に倒れたまま動けませんでした。ジョニーに殴られた痛みももちろんありましたが、それ以上に自分が情けなかったからです。以前のダウニィは周囲から完璧な存在であると思われていましたが、本当の自分は弱いという事を認識していました。たまたま運良くネガティブな所が表面化していなかっただけで、一枚皮を剥げば、次から次へとボロが出てくる、それがずっと恐ろしかったのです。自分は周囲の期待に答えられるような存在ではない。 完全に重圧に押し潰されていました。 ですから、ジョニーがいなくなってから嫌がらせや村八分をされた時も、来る時が来ただけだと思いました。まるでそうなる事を望んでいたかのように。自らすすんで集団の最後尾に行きました。そして自分をゴミだと自分に言い聞かせました。その方が楽だったからです。上を目指して頑張るよりも、自分にできる訳がないと言い訳をして、何もしない方が遥かに楽だからです。そして、その楽と引き換えに、ダウニィは全てを失いました。自ら望んで。 ダウニィは、先程のジョニーの顔を思い出していました。ジョニーは泣いていました。 他のカピバラたちには背中を向けていたので分からなかったと思いますが、自分を見て涙していたのです。どんな気持ちだったのだろう。彼もやはり完璧な存在からかけ離れてしまった僕に失望したのだ。そういう意味の涙だったと思いました。 気がつくと、目の前に、ジョニーが立っていました。 ダウニィは、少し驚いたあと、小馬鹿にするような笑みを浮かべて言いました。 「どうした、次は嘲笑いにきたのか?」 「なぜ僕が君を嘲笑うんだい?」 「‥‥」 「君は弱いんだよ」 「‥分かってるさ、見ての通りじゃないか」 「分かってないよ。忘れちゃったんだ。昔の君は自分が弱いという事を受け入れて、その上で努力していた。決して奢ることなく、自分を見失うこともなかった。でもいつしか周りの期待の方が自分の現在地よりも大きくなってしまって、背伸びしてしまったんだ。それはもう君であって君じゃない。誰だって完璧なんてムリさ。」 「‥‥知ったようなクチ聞くなよ。‥知ったようなクチ聞くんじゃねぇよっ!!!」 「知ってるさ!!ずっと一緒にいたんだから!!なんだって分かるさ!!!」 「じゃあなんで急に出て行ったんだよ!!」 気まずい沈黙が流れる。 「‥悪かったよ‥」 「‥いや、あの時、僕は君の辛そうな顔を間近で見ていたのに、むしろ僕が君に外に行く事を勧めるべきだったんだ‥僕は君に何もしてやれなかった」 「ちがうよ、ダウニィが普段通りでいてくれたから、僕は思い切って飛び出すことができたんだ。君さえいればココは大丈夫だって思えたからね」 「それがこのザマだよ」 プッと吹き出し、笑い合う2人。 新たに海域の主となった半魚人の目が、あの大ダコのように妖しく光り始めます。 「ニュビビビビィ!素晴らしい!この力!素晴らしい!ワタクシは神!この世界の支配者!ニュビビビビィィイ!!!!」 「やかましいから、ちょっと静かにしてくれる?」 よろめきながらフラフラと立ち上がるディラン。胸からは大量の血が流れています。 「これは不可解でございますね。心の臓を抜かれてまだなお動けるとは、一体どういったカラクリでございましょうか、もしやワタクシはまったく別の臓器を頂いてしまったのでしょうか、いいえ、たしかに心の臓でございますね、では、なぜでしょうか、これはまさに後悔のなきようにお答えして頂くしかございませんわけでありまして」 「心臓なんかなかってもな、ウチの魂の炎はまだボウボウ燃え盛っとるわ!!」 「ニュビビビビィ!!コレは、コレは!まさに一本とられてしんぜましてでございますです!!!凄まじい生命力!計り知れない!ゆえに主としての器といえるでごさいましょう!!感嘆至極でございます!しかし残念!まことに残念!そこまでの危険因子はとてもカプセルでは収まりきりませんゆえ!今すぐにワタクシめが!ワタクシめが!サイコロステーキにして差し上げまして!召し上がらせて頂く所存でございますです!!よろしいでしょうか!よろしいですね!」 その時、カプセルでホルマリン漬けにされている大ダコの目が妖しく光り、それと同時にディランに再び恐ろしい力が湧き上がってきます。 「いらん!!余計なことすんな!!」 ディランは脱獄の気合いで、注入された力を弾き飛ばしました。 「ニュビビビビィ!!なにかございましたか?」 「気にすんな、コッチの話や」 「ニュビビビビィ!それが今生の最期の言葉でよろしいでございますね!では、ありがたく了解致しました所で、失礼つかまつりますでございます」 半魚人が爪を構える。 「アホ」 首をかしげる半魚人。 「バカ」 「ニュビビビビィ、なんでございましょう」 「カス」 半魚人の顔がどんどん歪み、ドロドロした脂汗が吹き出す。 「マヌケ」 ディランは淡々とした口調で罵倒していく。 半魚人はすでに片膝をついて、身体が脂汗とともに腐食し溶けだしている。おぞましい臭いが立ち込める。 「ニュ、ビビ‥ビ‥ビィ、これは、いったい、どういう所存で、ございましょう、まったく予測不可能な、甚だしい、道理にかなわない、とりあえず、まずはとりあえず、一旦は、お黙りになって頂いて、頂く所存で‥」 「ボンクラ」 ドシャア!と倒れ込む半魚人。息も絶え絶えで、溶けた背中から背骨が見えている。 「お前、物理的には死なへんねやろ?そんだけ外見が頑丈なんやったら、中身はノミの心臓ですて言うてるようなもんやろ」 「おぉ、おぉ、ニュビィ、、そんな、まさか、なるほど、では、いったん、やめて、いただきまして‥」 「より単純な罵倒の方が、やっぱりよう効くみたいやな、はげちゃびん」 「やぁめろとっ!!言ってるだろうがあああああ!!!!!!!!」 「死ね、ボケ」 バァシャアァァアン。 肉が完全に溶け、骨だけが残り、その骨もすぐに蒸発するように消えていきました。 「大事なんはココやで、のーたりん」 胸を指さすディラン。 ー 完 ー
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