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震災、という言葉を聞く度に私はお母さんを想う。
したい事、してあげたかった事、して欲しかった事。
数え上げればきりがないぐらい、私の胸の中には後悔がいっぱいある。
あんな風に突然お母さんを失うなんて、思ってもみなかった。
だから私は生意気に言い返したり、言って当然の感謝の言葉すら後回しにして、おざなりに過ごしてしまった。
あの日の朝……ほんの数秒足を止めて、「今までお弁当作ってくれてありがとう」と直接言ってあげたら、お母さんはどんなに喜んでくれただろう。
そう想像しただけで、胸が締め付けられるように痛くなる。
あの日、突然上履きのまま校舎を飛び出し、そのまま転々と避難を余儀なくされた私は、その後一度も富葉町には戻れていない。
ようやく町の大部分に敷かれていた避難指示は解除されたものの、私の家は依然として帰宅困難区域に入ったままだ。仮に解除されたとしても、お母さんや祖母との沢山の想い出ごと荒れ果ててしまった家に、私とお父さんの二人で向き合う気にはなれなかった。
富葉高校もまた、あの日から時間が止まったままだ。
卒業式は行われず、一緒に過ごしたクラスメイトや先生に別れも告げられないままに、私の高校生活は残り一日を残して突然終わってしまった。
あの日私が背負っていったリュックや荷物は、今頃どうなっているのだろう。もう誰かが綺麗に片づけてくれたのだろうか。それともそのまま、持ち主の帰りをじっと静かに待ち続けているのだろうか。
その中には食べ終わった弁当箱と一緒に、お母さんに言ってあげられなかった感謝の言葉を記した付箋が一枚、入っているはずだ。
東京のビルの狭間で、あの付箋がもたらしてくれるはずだったささやかな幸せの未来を想像するたびに、私は一人、人知れず心の中で涙する。
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