ささやかな幸せの未来

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 揺れが収まるのを待って、私達は一斉に校庭への避難をはじめた。  校内は落ちた物でぐちゃぐちゃになっていた。割れたガラスや天井板が散乱し、落ちかけた蛍光灯がぶらぶらとぶら下がる所もあった。  腰を抜かして動けなくなってしまった子も多く、普段はほとんど会話もしないような子同士が励まし合い、労わり合い、支え合うようにして泣きながら歩いた。  外に出た私達の上に、白い雪がはらはらと舞い落ちた。普段は雪の少ない沿岸部の町だというのに、あの日はなぜか雪が降った。  コートも上着も教室に置いてきてしまったから、私達は身を寄せ合うようにして寒さを耐え忍んだ。ガタガタと震える歯が寒さのせいなのか、恐怖のせいなのかすらわからなかった。   窓ガラスが割れ、風に晒されてバタバタとカーテンがはためく校舎は、外から見ても荒れ果てて見えた。さっきまで私達が過ごしていた学び舎は、ほんの数分で廃墟へと変わってしまった。  でもその時私達は、まだ事の重大さに気付いていなかった。  遠くから聞きなれない警報が聞こえてきたのは、その直後の事だ。 「津波が来るって!」  どこからかそんな情報が伝わって来て、やがて沢山の車が続々と校庭に入って来た。瞬く間に校庭は車でいっぱいになり、収まり切れない車が道路にまで延々と列を作った。  津波から逃れようと、避難してきた人々だった。  余震が少しずつ収まるのを待ちながら、大人達の手で体育館が片付けられて、私達もようやく建物の中に入れてもらう事ができた。  あっという間に体育館は、人々でいっぱいになった。  なんだかとんでもない事が起きている。  でも、津波なんて。 「うち、大丈夫かな?」 「私の本棚、絶対崩れてるかも」 「サンプラザ、もう行けないよね?」  固い体育館の上で寄り添いながら、あまりにも現実味のない光景に、少しずつ平静を取り戻しつつあった私達は他人事のように他愛もない会話を交わし合った。  自分事として捉えられるようになったのは、後から避難してきた人々の尋常じゃない慌てぶりを見てからだった。 「津波が六号線まで来たって」 「富葉駅も流された」 「海際の家は全部津波でやられて、何も残ってない」  交わされる言葉が理解できない。  六号線までって……私が自転車を漕いで漕いでやっとのあの距離を、津波が乗り越えたというのだろうか。  次いで思い出されたのは、私の家だ。  全部流された。  という事は、私の家も?  血の気がひく、という言葉の通り、私の頭の中はさぁっと真っ白に塗り潰されていった。
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