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俺は声も出せずにドアから目を離す事が出来なかった。
カリカリ……カリカリ……
ドアの向こう側から爪で引っ掻くような音が聞えてくる。
俺の心臓の音が早くなるのを感じる。ドアの向こうのナニかに聞えてしまっているのではないかと思うぐらい大きく鼓動を打っていた。
これはマズイ。ベッドに戻りたくても俺の方も限界だ。怖いと思うから怖いのだ。こういうのは開けてみたら案外と拍子抜けするパターンってのがお決まりだ。
親指の爪でドアの鍵を開けようと引っかけ回そうとした瞬間だった。
「アアアアアアアア!」
叫び声と共にドアを殴りつける様にドンドンと内側から響いてきた。
俺も驚きと共に反射的に爪が鍵から離れてしまい開ける事が出来なかった。
今すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちで俺の頭の中はいっぱいになっている。トイレに行きたい気持ちとドアの向こうに何がいるのか知りたいという欲求がせめぎ合っていた。
――コンビニのトイレに行けば良いんじゃないか?
我ながら名案ではないか。その手があったと玄関の方に目をやると見慣れない靴がそこにはあった。
女性物の靴だ。
トイレに行きたい。目の前のナニが何なのか知りたいなど思考は吹っ飛んだ。
「え……女性を俺の家に連れ込んだ?」
俺は鈴木さんをお持ち帰りしてしまったという事か? それは非常にマズイ。後輩の田中が鈴木さんの事を好いていた話を聞いていた。
こんな事がバレてしまったらチーム内が気まずい空気が流れて仕事どころじゃなくなってしまう。そういった事が嫌だから色恋沙汰は気を付けていたのだが。これが酒の力ってやつか。
酒は飲んでも飲まれるな。後悔は先に立たずとは正にこの事だ。
俺はトイレのドアに体を向きなおし問いかけてみた。
「あのー。大丈夫ですか?」
「アア……ア」
うん。これは鈴木さんでは無いな。普段落ち着いた印象がある人がこんな声を出すはずがない。まぁ普段落ち着いている人の方がこういった表裏もある事はあるんだが……
「ごめんなさい。誰ですか?」
俺は確証が掴めないままなので聞いてみた。
ドンッと鈍い音がドアの向こうから聞えてきた。
その音を聞いて俺は腰を抜かしてしまった。
待ってくれ。本当にこの中にいるのは誰なんだ。俺は誰を家の中に連れ込んでしまったのか。
次の瞬間、ドアの鍵がゆっくりと回されドアノブが回った。
俺は目を背ける事もその場から逃げる事も出来なかった。
ドアがゆっくりとゆっくりと開いていく。
その先にナニがいるのか気になる好奇心と恐怖心が入り乱れていた。
ドアが開き中の様子が見えるとそこに立っていた。
黒く長い髪で顔がまったく見えなかった。目の前の様相に俺は叫び声を上げてしまった。
「ぎゃあああああああああああああ!」
とそれを聞いた目の前の貞子みたいな人も叫んだ。
「きゃあああああああああああああ! って卓也、何そこで座ってんの」
「姉さん……? いや。何でいるんだよ」
「忘年会があったのよ。飲んで来て気持ち悪くてトイレ借りてたのよ」
「あの……コンビニのトイレみたいに気軽に使わないでもらっていい?」
とりあえず。俺はトイレに行かなくて済んだのであった。
ただ、洗濯物は増えてしまったけれども。
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