寒波

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(しん)くんって一見、草食系でしょ。まあ全てにおいて優しいんだけど、垣間見える狼くんが可愛いと言うか何というか。本人には言えないけどね。」 こちらが聞いてもいないことを話してくる綾香が、それでも幸せそうで、自然と未来の表情も緩む。 「綾香、良かったね。」 と未来は言ってから、躊躇いがちに言葉を続けた。 「清瀬くんが全てにおいて優しいと言うなら、宏さんは全てにおいて貪欲な気がする。」 その言葉に、綾香は目を丸くしている。 「やだ、未来ったら。こっちが恥ずかしくなるじゃない。」 綾香の顔は真っ赤だ。 「だって綾香が変なこと聞いてきて、ペラペラ話し出すから、私も何か言わないといけないと思って。」 「何よ、ペラペラって。だいたい未来が、先に変な心配したんじゃない。」 と綾香に反論されて、未来はあっと気づき、どちらからともなく笑い出した。 「綾香は、清瀬くんが帰ってくるまでに完成させなきゃでしょ。急いで作ろう。」 気を取り直すようにそう言うと、未来はお湯を沸かし始めた。 そして、綾香がチョコレートタルト用にテンパリングに取りかかると、未来はザッハトルテのスポンジを作り始めた。 「コーヒー入れるね。」 3時のおやつの時間をとうに過ぎてから、やっと出来上がったお互いのお菓子を味見することにした。 マフィン型で焼いたスポンジ6個の膨らんだ部分をカットしてから、アプリコットジャムを塗り、それを重ねてチョコレートをかけた未来のザッハトルテは3個。 味見用はカットしたスポンジで作ったので、大きいマカロンのような見た目で、これはこれで美味しそうだ。 綾香はハート型のタルトに、チョコレートを流し入れると、ドライフルーツやナッツを使って可愛らしく仕上げていた。 「やっぱり綾香は器用でセンスあるね。こんな風にデコレーションするとか、私には無理だもん。」 「ふふ。未来は不器用だもんね。体操服にゼッケン縫うのもガタガタだったし。」 高校時代の苦い記憶を思い返して、未来は口を尖らせた。 「余計なこと思い出さないでいいよ。はい、コーヒー。」 ハート型のチョコレートタルトを半分にして、切れ端ザッハトルテと一緒に、正方形のプレートに並べた。 「ある意味、これが一番贅沢じゃない?」 綾香が言って、未来はそうだねと頷き、チョコレートタルトを口に入れた。 「おいしい〜。綾香も早く食べて。」 未来に言われた綾香は、少し迷ってザッハトルテを食べてみる。 「わお。これもおいしい。大人の味だね。」 「本当?良かった。大成功だね。」 未来が自分で作ったザッハトルテにフォークを入れようとしたその時、事務所の呼び鈴が鳴った。
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