寒波

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寒波

事務所の呼び鈴が鳴って、引き戸が開いた。 「みきー、来たよー。」 綾香(あやか)の声が響く。 はーい、と未来(みき)は返事をして、ダウンコートのボタンを溜めながら出て行く。 「今日は一段と寒いよ。」 未来の顔を見るなり、綾香は言った。 「駅まで歩くのも辛いね。気合入れて行こ。」 未来は綾香の背中を押すようにして、外に出た。 明日は今年最大の寒波到来で、雪の少ない地域の平地も積もる可能性があると、ニュースで言っていた。 北風が吹く中、二人は無言のまま小走りで駅に向かった。 暖房の効いた電車に乗って、やばーい、と綾香が小さく声を上げた。 「このままだと明日は臨時休業になりそう。」 「今日は泊まるの?」 「今日は(しん)くんの仕事が終わったら、私の部屋に行くの。もともと大学は春休みだから、明日は早々に休みになったみたい。未来は、社長さまとアポ取れてるの?」 冗談めかして言う綾香を、未来は睨んだ。 「さまもアポも使い方、間違っているから。言ったよ。バレンタインデーは来て下さいって。でも、天気が心配だな。」 うん、と綾香も頷いた。 「この間、喧嘩しちゃってね。」 「社長と?」 「うん。喧嘩とは言えないかもしれないけど。(ひろし)さん、接待があるって言ったじゃない?」 「うん。だからマンションに行って帰りを待つって。あんた、もしかして…」 「行かなかったの。」 わーお、と綾香は言って、隣の親友の顔をしけしげと見つめた。 「ごめん。未来が迷っているなんて気がつかなかった。」 気遣って謝る綾香に、未来は気持ちが軽くなるのを感じた。 「ううん。綾香が気にも留めない感じだったから、もやもやしてる自分がおかしいのかなって思ったの。でもやっぱり足が向かなくて。」 「そっか。私、未来はそういうとこ理解があるって言うか、平気なんだと思ってた。」 「宏さんも、そう思っていたみたい。」 すると綾香は思い当たる節があるのか、ハッとした様子で未来の顔を見た。 「ごめん、それ私かも。前にタクシーで一緒に帰った時に私が言ったの。いくら親友でもって、嫉妬とかしたことあるのかなって。」 「ここにもいた、犯人が。」 未来は笑って言った。 「謝らないで。私も含めて、そんなイメージ与えていたみたい。でも、それより酷いこと言ってしまって。」 何?と綾香は首を傾げた。 「どんな風に女性に接するのか、つき合ってみて分かったからって言っちゃったの。」 「わーお。それって女性みんな同じだって聞こえるよ?」 「うん。一緒にするなって言われた。初めて見た、あんなに怒ったの。」 綾香は誰に対してなのか、気の毒そうな表情を浮かべて黙りこくってしまった。
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