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 浴室の中で峰山の大きな声が聞こえる。茜は日常生活では声を張らないタイプらしく、何を言っているのかは脱衣所にいる保には聞こえなかった。丁稚浴衣に着替えながら鏡の中の自分を見る。髪を去年より短く刈り上げたつもりだ。峰山のような大人の男に憧れて、メンズファッション雑誌まで買うようになった。新しい世界は新鮮で、それでいて楽しかった。  今日から舞台の設営が始まるとあって、その日は峰山に会わなかった。リハビリに向かったオーナーの代わりに夕方からフロントに立っていると、設営を終えたのか茜がやってきた。鋭い瞳で睨まれる。年下のくせにと思って軽く睨み返してやると、こめかみにうっすらと筋が入ったのがわかった。バンっと勢いよくフロントのカウンターに身を乗り出してくる。 「あんた何なの? 幸太郎さんに取り入ろうたって無駄なんだからさ。いい加減諦めてくれない? 幸太郎さんは旅役者なんだ。毎日が仕事で忙しい。おまえみたいな一般人とは違うんだよ」  一気に捲し立てられ、保も黙ってはいられない。これ以上敬語も使えないような年下の少年の傲慢な態度に我慢ならなかった。 「俺は別に峰山さんに取り入ろうなんて思ってない。おまえこそひっつき虫みたいにくっつきやがって。峰山さんが迷惑してるの気づかないのか? 手伝いさんなら主人の気持ちくらい汲み取ってやれよ」  思わぬ反撃に茜は目を見開いていた。しかしすぐにその目を閉じる。黙ってれば綺麗な顔なのにと保は残念に思った。
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