大衆演劇というもの

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大衆演劇というもの

「保ー! いつまで寝てんだ。もう朝の六時半だぞ」  オーナーに布団を掴み上げられて眠気まなこのまま廊下に放り出される。昨日の出来事が走馬灯のように脳内を駆け巡る。 「すみません。すぐ行きます!」  ばっと服を整えて大風呂に走る。なぜかいつものうきうきとした気分になれなくて、蛇口を捻る間もぼんやりと浴槽を眺めていた。ここで起きた出来事がよみがえってしまいそうでぶんぶんと頭を振る。忘れろ。あれは気の迷いに違いない。きっと峰山は自分を見ても飄々とした態度でいるはずだ。気にしているのは自分だけだ。  峰山と鉢合わせになる前に風呂に入ってしまおうとまだ大風呂が開かれる十分前にシャワーを浴びた。大急ぎで頭を洗い流し、ボディーソープを塗りたくる。ざぱんとまだ八分目あたりの湯船に飛び込みいつものルーティンと化したいぬかきで湯船を漂う。そう、いつも通りにしていれば何も問題はないのだ。保はタオルを掴むと風呂から上がった。鏡にうつる自分の姿を見ながら思う。そこそこ筋肉はあるものの誰かを魅了するほどいい体というわけでもない。男が可愛がるような華奢な男でもない。そのへんにいる普通の大学生だ。そんな自分が人気役者とあんなことをしたというのが今でも信じられなかった。
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