大衆演劇というもの

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「お、朝からご苦労さん」  脱衣所で髪を乾かしていると、いつのまにやってきたのか花房が声をかけてきた。男らしい逞しい肩幅や無骨な腕周りを見て、自分の平凡な体を思い出してげんなりとする。そういえば、峰山の役の相手を務めるのはこの人だよな。そう思うと口が開いていた。 「次の公演のお芝居って花房さんが峰山さんの相手役なんですか?」  聞いた後で後悔する。こんなこと聞かなくても自分には関係ないじゃないかと。花房は服を脱ぎ去りながら答える。 「ああ、そうだな。あいつが乙一(おといち)役で、俺が重吾(じゅうご)役の江戸時代の男色の話だ。なんだ、芝居に興味あるのか?」 「あ、えっと。男色って触れたことがない世界なので……気になるといえば気になります」  そうかと小さく頷きながら、花房が履いていたスウェットのズボンに手をかけるのを保は目の端で見ていた。太く硬そうな太ももにすらりと伸びたカモシカのようなふくらはぎ。どれをとっても自分とは違う。それを悔しいと思った自分に驚く。何を比べているんだろうと。 「あいつはえらく保くんのこと気に入ってるみたいだから、これからも仲良くしてやってくれ。俺たちは旅をしながら日本を渡り歩いてるから友達も作りにくいし、あいつああ見えて寂しがり屋なところがあるから」  幾筋もの筋肉の筋が流れる広い背中を見せて花房は大風呂に入っていった。アスリートのような体つきだったなと思いながらドライヤーで髪を乾かしていると、ガラリと脱衣所の扉が開く音が聞こえて慌てて鏡越しにその人物を見る。
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