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「……たぶんこれで大丈夫だと思う」
「助かる。さんきゅうな」
そう言って颯爽と舞台袖に上がっていく後ろ姿を眺めていると、不意に峰山が振り返ってこちらを見た。さんきゅう、と口パクでこちらを見てくる。それをじっと見据えて頷いた。
開幕を知らせるブザー音が会場内に鳴り響き、ふっと人の声が消えた。ゆっくりと舞台の幕が上がっていく。座長の花房が一人で正座をして頭を下げる。
「本日はどうも遠路はるばる、いや人によっては近路はるばる足をお運びくださいまして誠にありがとうございます」
くすくすと会場内に笑いが起こる。
「今日から新しい演目が始まります。題は、『江戸町恋手帖』わたくし花房が主演をつとめてまいります。それではよろしくお願い致します」
スッと頭を下げてまた幕が降りていく。拍手がそこかしこで聞こえてきた。舞台の背景を動かす黒子と呼ばれる黒装束に身を纏った男たちが忙しなく動き始める。一分もたたないうちに幕が再び上がっていく。重吾役の花房がひとり家の屋敷で母親と会話する場面から物語は始まった。
「おまえ結婚はどうした? わたしは早く孫の顔が見たくてたまらないのよ」
母親がそう嘆くように呟く。花房はぼりぼりと髪をかいた。
「そう言ってもお母。俺みたいな田舎者と付き合ってくれる女と出会えるわけがねぇだろう」
普段の口調とはまた違う花房の演技に見入ったように保はその場から動けなくなる。袖から見ているとかなりの照明が演者を照らしているので、眩しくて目を凝らさないと細部が見えない。
母、息子同士の掛け合いが終わり、今度は峰山演じる乙一のシーンに変わる。城下町の味噌屋で働く若者は、いつか自分の店を持つために親方に弟子入りしているところだった。
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