大衆演劇というもの

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「満天堂のお味噌はいかがです。お出汁の味がよく染みる、保存期間は一ヶ月。長く使える万能味噌。これで鯖も味噌汁も糠漬けも全部一役買えますよ」  音頭をとりながら街ゆく人に声かけをするも、味噌を作る店は数多とあるのでそれぞれお気に入りの店があるのだろう。なかなか立ち止まって店に入ってくれる人は少ない。それでも懸命に呼び込みをしていると、重吾と母親が店先に姿を現した。そこから物語はゆっくりと加速していく。 「お客さん。満天堂の味噌はいかがですか?」  ちらりと母親が目を向ける。興味を持ったのかすたすたと店内に入っていった。食事の準備をするのは母の役目だったので、重吾は外の平椅子で街ゆく人を眺めていた。快声を響かせて客を呼び込む乙一に自然と目がいく。 「そこの若どん。名前は」 「乙一です」  乙一か。小さく呟くと重吾は手を差し出した。 「仕事に精が出ている。うちのお母も気に入っているようだし、また来るよ」 「ぜひ、ご贔屓に」  深々と頭を下げた若者を重吾はそっと目に留める。  物語は進み、ある晩。街を散歩していた重吾は味噌屋の店先で膝を抱える乙一を見つけた。なんでも、味噌瓶を割ってしまったのだという。こっぴどく親方に叱られ、今晩は晩飯もなし、外で寝ろと言われたのだという。不憫な若者を放っておくことができず、重吾は家に連れ帰った。母親は寝室でぐっすりと寝ている。湯浴みを終えた乙一から香る甘い匂いに誘われて、二人は一夜をともにしてしまう。お互い初めての男相手というのもあって、ぎこちなく肌を重ねた。
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