大衆演劇というもの

10/15
前へ
/99ページ
次へ
 峰山の迫真の演技に会場内が見入っている。花房と峰山だけを目に焼き付けている。それは保も同じだった。役に入り込んでいる二人は、観客をあっというまに江戸の街角へ連れて行く。柳の下で、桜の下で何度も逢瀬を重ねた二人を想像する。二人には結ばれてほしいと誰もが願うはずだ。保は自分の鼓動が早くなるのを感じて、手のひらをぎゅっと握りしめる。胸の中がそわそわとした。もしも自分が彼らのような状況に陥ったら自分はどう動くのだろうと夢想する。男同士の恋愛に詳しくない保だったが、きっと男女のそれと変わらない真っ直ぐな想いがあればいいのではないかと考える。その想いは二人を一生離さない楔となるはずだ。 「乙一。目を開けてくれ。朝だぞ」  肩を揺すっても何度呼びかけても乙一は固く目を閉じたままだ。国医者を呼びつけ、助けをこうももはや手遅れだという。冷たくなった乙一の体を重吾が激しく揺さぶった。ころん、と胸元から飛び出してきたのはかつて乙一と出かけた際に買ってやった蜻蛉色の髪留めだった。それで長い髪を束ねているのを何度も見てきた。今は下ろしたままの姿でも、乙一は大切にそれをしまっていたらしい。重吾の咽び泣くような声が会場に響く。花房を見れば、本当に涙を流していた。保は全身を乗り上げるようにして二人の演技に吸い寄せられる。
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

83人が本棚に入れています
本棚に追加