大衆演劇というもの

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 乙一を土に埋めたあと、重吾は約束通り嫁も取らずに実家の田畑を耕していた。最愛の恋人が亡くなってから三年の月日が経ったある晩。軒先に柿が届けられているのを見つけた。熟れた柿を頬張りながら、乙一のことを考える。柿が好きだといっていた青年のまだあどけない笑顔を思い出し頭を抱える。  その次の日の夜も、家の軒先に松ぼっくりが届けられていた。食べ物ではないので、なんとなく屋根の上に飾っておく。近所の子どもたちの悪戯かもしれない。  来る日も来る日も重吾の軒先には、果物や野菜、花などが届けられるようになった。誰が何のために送ってきているのかわからないそれを捨てるのも躊躇われて家に置いておく。  乙一が亡くなってからちょうど五年が経った朝に、目覚めたばかりの重吾は顔を洗いに井戸に立つ。このあたりは五月になると霧がよく出ることがあり、ゆっくりと足元に気をつけながら歩いていると、何かの影を捉えた。 「盗人か。隠れていないで出てこい」  林の奥に声をかけると、ひょっこりと狐が姿を現した。ちらりと一瞥すると着いてこいというように林の奥深くに向かって歩いて行く。目の前を覆う霧に惑わされないように足音の方へ向かうと、小さな稲荷があった。赤い社の前に狐が座り込む。その瞳と乙一の瞳が重なったように重吾は思えた。
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