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すると、狐に乗り移ったのだと言う乙一が目の前に現れた。人間の姿をしているが、耳と尻尾が生えている。人間に変化できるのは少しの間らしく、よく聞けよと重吾に迫った。
「よく食べて、よく寝ること。そして、俺を忘れること」
「どうしてだ。おまえを忘れたりなんかしない」
「おまえの気持ちはよくわかる。だからこそだ。おまえには幸せになってほしい」
ゆっくりと霧が晴れていく。それと同時に乙一が消えて行くような気がして必死で掴もうとするが、触れることができない。
「俺は十分幸せだった。お前と一緒にいれて、それで十分なんだ。俺はもうすぐ本当に消えてしまう。その前に言っておきたいことがあって、執念深くお前の故郷の山までやってきた。愛してる。おまえといれてよかった。だからもう、俺のことで悲しまないでくれ」
言いたかったのはそれだけだ。そう言うと、人型の影が狐の影に変わっていってしまう。何かを口にする間も無く、乙一は消えてしまった。狐も走り去ってしまい、いつのまに戻ったのか社の前で一人膝をついていた重吾は両手を地面につけて泣いた。
「乙一、乙一」
おうおうと泣く重吾の声が山に響いていく。
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