大衆演劇というもの

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 それから月日は経ち、婚礼の日を迎えた重吾は桜餅を片手に嫁の家に向かう。灰色の石の前で手を合わせた。線香を置いて、桜餅を供える。そこは乙一の墓だった。亡くなった母の墓は重吾の家の裏手にある。先日、母の墓の隣に移した墓石を水で流した。石の下には乙一が眠っている。 「これでずっと一緒だ」  墓の前で重吾が語りかける。後ろからひょっこりとあのときの狐が姿を現した。軒先に桜の枝を持ってきたらしい。ひどく懐いてしまった狐の背中を撫でてやる。重吾の家に贈り物を持ってきたのはこの狐のだったらしい。   「愛してる。おまえだけを永遠に」  故郷の空は高く澄み切っている。早鳴きの蝉の声が森の奥から聞こえてくるような気がした。  舞台が暗転し、ぞろぞろと役者と裏方が表に出てくる。ぱっと照明が上がったかと思えば会場の片隅からわっと拍手が起こる。鳴り止まないそれに深くお辞儀をして花房が代表して一言述べる。 「本日はありがとうございました」  ゆっくりと拍手の音がまばらになり、観客のひそひそ声が会場を包む。最後に役者の紹介をすると、舞台の幕が下りていった。ざわざわと騒めく観客席から、混乱が生じないように誘導役を受け持っていた保は近くの学校から借りてきておいたコーンとポールを繋げて玄関までの道を作る。半数の客が宴会場を後にしてから楽屋に戻った。
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