別れの朝

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「最後まで可愛くないな、おまえ」  そう言ってふっと笑った顔が、椿の花のように艶やかで目を奪われる。この人は人気の役者で、俺はただの旅館の一アルバイト。一学生にしかすぎない。貴重な体験をさせてもらったなと思っていると、不意に肩を掴まれた。 「来年もここで待っていてくれるか?」  その目が真剣で、ゆっくりと保は頷いた。ここしか自分の居場所はないんだ。地元の大学を卒業したとしても、ずっとここで働いている自分の姿がありありと思い描ける。 「来年もたくさんお客さん連れてきてくれよ」  精一杯の別れの言葉だった。風呂を上がっていく峰山の姿を見送って、はたと気づく。視界が揺れていた。ぼとぼとと頬を伝う何かに目を疑う。泣いている。この俺が。  猛烈な台風が襲ったのは、十年前のあの日だった。十歳の保は父と二人で暮らしていた。祖父母がこの土地に残した平家造の大きな家に住んでいた。他愛もない親子の二人暮らしを襲った台風は、二日後にはどこか遠くの空に消えてしまった。大きな傷跡だけを残して。保一人をこの土地に置き去りにして。  父の葬儀に参列した今の旅館のオーナーは、父の小学校からの親友だった。家と父親を失った保にオーナーはこういった。 「三食温泉付きのおじちゃんの家で一緒に暮らそう」  途方に暮れていた俺を助けてくれたのがオーナーだった。住み込みで働いている従業員用の一室を保に与えてくれた。
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