別れの朝

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 しかし、電話番号を教えてもらったとしても何を話せばいいというのだろう。峰山は稽古で多忙なはずだからやたらめったにかけるわけにはいかない。保も大学の授業を終えた夜にはほぼ毎日仕事が入っているので、のんびり話をする時間もない。  峰山がどうして電話番号を教えてくれたのか少し気になる。わざわざ使い慣れていない携帯を契約していたと書いてあったし、自分が特別扱いされているようで胸が躍る。純粋に嬉しかった。大学の友人と連絡先を交換した時よりも何倍も嬉しい。一年越しにしか会えないとわかっているからそう思うのだろうか。  連絡できないまま一ヶ月が過ぎた。向こうはこちらの電話番号を知らないため、峰山から連絡してくることはない。新しい土地でもまた元気にやっているだろうか。たくさんのファンに応援されて、白い肌を白粉で塗って。役に入り込んで毎日が忙しなく過ぎているだろうか。  保はと言えば、相変わらずの地味な大学生活と変わり映えのしない旅館の仕事につまらなさを覚えていた。峰山と出会う前だったらそこそこ楽しい学生生活を送っていると自負していたが、あんなに強烈な人間と出会ってしまってからは自分の日常が無色透明のようなぼんやりとしたものに思えてくるから不思議だ。
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