春過ぎて

1/4
前へ
/99ページ
次へ

春過ぎて

 保が大学三年生を迎えた頃には、先の就活に向かって学生がそわそわとし始めていた。授業の休み時間の合間にも、インターンやら面接練習やらの言葉が耳に入ってくる。保は隣の席で居眠りしている大輝の後頭部を眺めていた。 「大輝。次の授業遅れるぞ」  次は学科の必修科目だったため大輝と受講するのが常だった。涎を垂らす大輝を揺り起して隣の教室に向かう。移動教室は面倒だが、隣の教室ならば許せた。トイレ休憩をすまし、後方の席に座る。学内でも人目を引く大輝は男女問わずにじろじろと見られているが、そんな視線を気にする様子はない。大きな伸びをしてまた居眠り体勢になるのを視界の隅で留めた。去年の今頃なら保は大輝と同じように授業中も居眠りをしてしまうほどの態度だったが、峰山と離れ離れになって以来授業をまともに受けるようになった。どんなに退屈な副教科でもいい成績をとれるようにと、家で復習するまでになった。 「オーナー。次の宴会場の予約はマジカルサーカスさんですか?」  つい最近腰を痛めたオーナーはコルセットを巻きながらフロントの椅子に腰掛けている。要安静と医者から言われているため、とうぶん仕事はできそうにない。住み込みで働く保や他のアルバイトがオーナーの仕事を担っていた。 「おう。いつも通り客もそんなに多くはないだろう」 「そんなこと演者に聞かれたらぶっ飛ばされますよ」
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

83人が本棚に入れています
本棚に追加