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仕方ねえだろとオーナーがごちる。それを笑いながら聞いて、次回の演目と書かれたボードにマジカルサーカスと記した。
この一団はマジックショーを行うプロのマジシャンが数名属している団体で、取り扱うマジックはそこそこ面白いものの、ナレーションや演出に少し迫力が欠けていて一度見れば次はいいかなと思うような舞台になってしまうのだった。毎年リーダーを務める岸本さんは人の良い中年男性といった男で、毎年この狭い宴会場を借りてくれるのだった。保がこの旅館にお世話になった頃からずっと来ているらしく、オーナーとはかなりの顔馴染みらしい。来るたびに一杯やろうとオーナーを誘い、深夜扉を閉めた食堂で酒を飲み語らう仲だという。
そして、彼らが舞台を終えたあと劇団うるはがやってくる予定になっていた。梅雨の真っ只中にまたあの舞台が観れるのかと思うと保は胸を膨らます。
よほど嬉しさが込み上げていたのか頬を緩めた保をオーナーがやじる。
「おまえ、またあの兄ちゃんの裸思い出してんのか」
「ち、違います」
「声震えてんぞ。図星かよ」
孫の手で背中をかくオーナーを見ながら、老けたなぁとしみじみ思っているとキッと睨みをきかせてきたので保はボードを玄関に転がしていく。キャスターがころころと転がり、玄関の絨毯の前で止まる。
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