春過ぎて

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「保。玄関の戸締り頼むぞ」 「はい」  よっこらせと一呼吸置いてオーナーが杖をつきながら奥の自室へ向かう。保は窓や入り口の鍵を閉めて大風呂の掃除に向かった。時刻は夜の十二時。大風呂の利用時刻は十一時半までなのですでに客は出払ったあとだ。浴室用のモップを担いで風呂の湯栓を外すと、大渦を巻きながら湯が排水溝に流れていく。洗剤をモップに染み込ませ、ごしごしとタイルを磨きながらホースで水を流していく。いつもはオーナーと一緒に掃除をしていた分、保の負担は大きくなったが手慣れているので時間さえあればすぐに終えられた。  風呂の戸締りを終えてから自室に戻る。大学の教科書が散らばっているのは今が試験前だからだった。机に向き直りシャーペンを握る。ゼミを決める試験が来週に迫っていた。保は経済学部に所属しているため、どの専攻にするか悩んでいた。経営はちょっと違うような気がするし、株も違う気がする。無難に一番人気の豊永ゼミに決めたが、毎年定員をオーバーする人数の振り落としのために試験が課せられているため図書館で参考書を借りてきた。いよいよ三年生らしくなってきたと思っているところで、不意に電話が鳴る。こんな時間に誰だろうと思ってスマホ画面を見ると、峰山と書いてあった。慌てて通話ボタンを押す。
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