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梅雨のはじめ
「保ー。バスのお迎えに行ってこい」
まだコルセットをつけて本調子ではないオーナーの一声で保は下駄を履いて外に出た。ちょうど道の向こう側からバスがやってくるところだった。胸を弾ませながら到着するのを待つ。梅雨に入っていたが空はからりと晴れていた。しかし明日にでもすぐに雨が降るのだろう。眩しい日差しの中で峰山が出てくるのを待つ。
「保くん。一年ぶりだね」
そう言ってバスの先頭から降りてきたのは花房だった。ぺこりとお辞儀をして挨拶をする。
「お久しぶりです」
「荷物のほう頼むよ」
はい、と元気な返事をしてバスの座席の下にある荷物入れからキャリーケースやボストンバックを取り出し玄関に置いていく。その作業を何回か繰り返していると、聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「保」
振り返らなくてもわかった。
「峰山さんっ」
ぱたぱたと彼の元へ小走りで近づいていく。挨拶がわりにわしゃわしゃと髪を撫でられた。その手が心地よくてしばらくぼんやりとしていると、どんっと肩をどつかれた。
「いてっ」
「邪魔だよ」
冷たい口調で峰山のそばに立つ少年が言う。以前はいなかった彼の姿を見て峰山を見つめると、ぽりぽりと頬をかきはじめた。
「新しいお手伝いさん兼新人役者の茜だ」
「はぁ……新人……」
じっと少年の顔を見つめていたからだろうか。キッと睨まれる。そんな茜をまぁまぁと宥めて峰山は保を指さした。
「こいつ前に世話になったときの旅館の従業員だ。おまえもそんなにつんけんせずに、歳も俺より近いんだから仲良くやりな」
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