梅雨のはじめ

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「幸太郎さんが言うなら……」  渋々と言った様子で茜と呼ばれた少年が頷く。 「それじゃあ俺たちは先に行くから」  再会して数分も経たずに一行は旅館の中のそれぞれの部屋に向かっていった。もう少し峰山と話がしたかった保はしょんぼりとその後ろ姿を見送った。それにしても、あの少年。やけに俺を目の敵にしているようだった。何か気に触ることでもしたかな? 悶々と考えながら荷物を運び込む。新しい三ヶ月間が始まるのを考えると心が弾んだ。  今日は一日移動の疲れを癒すための休養日らしく、ロビーや大風呂には旅一座の姿がちらほら見えた。しかしそこに峰山と茜の姿はない。  不意に、前を通りかかった花房に肩を叩かれる。 「保くん。峰山が呼んでたよ。椿の間にいるから」 「わかりました」  心の中でよしっとガッツポーズをする。峰山と二人きりでゆっくりと話ができるのが嬉しかった。一年も待ったのだ。積もる話もあるに違いない。  トントンと扉を叩くと、部屋の中から「どうぞ」と返事が返ってきた。保は静かに襖を開く。するとそこにはーー。 「やぁ。花房の伝言は遅いからな。待ってたよ」  あぐら座りをする峰山と、その後ろで肩を揉んでいる茜の姿があった。てっきり峰山だけがいると思っていたせいか、がくっと肩が下がる。そんな保に気づきもせずに峰山は向かいの座布団を指さしてくる。正座をして正面から向かい合った。一年前と何も変わらない空気がそこにあった。切れ長の一重に、すっと通った鼻、背に流れていた黒髪は肩のところですぱんと切られている。
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