梅雨のはじめ

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 何言ってんだ、こいつ。ちらりと峰山を見るとぐしゃぐしゃと髪をかいている。そんな仕草を見るのは初めてで、保は二人の動向を見守ることにした。 「幸太郎さん。お夕食の前に風呂に入りましょう。着替えは僕が持っていきますから」 「いや、いい。自分で持ってくよ」 「そうですか。それならお風呂あがりに髪を乾かします。それならいいでしょう?」  保はそんな茜の姿を見て野生の猫のようだと思った。ちょっと我儘というか、高飛車というか。つんとすましているところがある。それに峰山は一苦労しているようだった。 「大風呂はこの時間なら空いていると思います。ぜひごゆっくりお寛ぎください」  茜の手前、深々と頭を下げて部屋を退室した。背中に助けを乞うような峰山の視線を感じたような気もしたが、それを振り返って助けることもできないのでそのまま夕食の準備に取り掛かる。  食堂の中でお膳を運んでいる途中、二人が廊下を歩いていくのを見かけて少し気になる。茜が峰山の近くから離れることはほとんどなさそうだ。これから三ヶ月間の波乱の予感を感じて保はやらやれと頭を抱えた。  風呂から上がってきた二人が旅一座の皆と夕食をとっているのをお茶汲みしながらぼんやりと眺めていた。甲斐甲斐しく世話を焼く茜とそれを断りきれずに受け入れる峰山の姿になぜか胸がざわつく。きっと花房が見ていたら、去年の保と峰山もあんなふうに見えていたのかもしれないと思うと羞恥で頬を赤面させた。茜ほどではないが、峰山の後ろにくっついていた保だったから、なんとなくお手伝いさんの気持ちがわかるような気がして、茜とは案外うまくいくんじゃないかと期待していた。
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