茜という存在

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茜という存在

「保。おはよう」 「峰山さん……おはよう」  劇団うるはが旅館にやってきてから三週間が過ぎた。今日も朝一番の大風呂には峰山と保、そしてくっついてきた茜の三人の姿があった。このところ峰山と二人になれるチャンスは巡ってこない。トイレ以外は茜が付き添っているからだ。公演のときはもちろん、峰山が唯一の楽しみだと言っていた旅先の観光まで朝から晩まで一緒というのはかなり疲れるらしい。珍しく峰山の顔にはクマができていた。 「おまえのせいだぞ、茜。少しは俺にも一人の時間をくれ」  クマを擦りながら峰山が掠れた声で言うと、茜はがんとして頷こうとしない。 「幸太郎さんはもう少し花形としての責任感を持つべきです。クマなんて作って……それが一流の役者だと言えるんですか?」  髪の毛を洗いながら茜がはっきりとした物言いで峰山に迫る。年下で後輩のくせして生意気だなと保は思った。 「いや、だからこれはおまえのせいだからな……」  話すのも疲れたというように峰山が呟く。  二人して同時に湯船につかるので、ざぱぁと湯がタイルの浴室に溢れた。保は窓の換気をして自分もシャワーを浴びていた。その背中に強い視線を感じて思わず振り返ると茜が仏頂面をしてこちらを見ていた。ぎこちなくシャワーと向き合い髪についたシャンプーを洗い流していく。  茜は端正な顔立ちをしている。眉はきりりと太く、その下にある目も二重で大きく特に黒目が大きい。眼力が強いので目が合うだけでびくりと震え上がってしまう。年下になめられたくない一心で保はなんでもない顔をしているつもりなのだが、はたしてどうだろうかといつも不安になる。
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